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<3.11と今>地域の復興お寺から

河北新報 9月18日(日)16時6分配信

 東日本大震災の津波に耐えた浄土真宗の宗祖親鸞聖人の像が、本堂脇で参拝者を出迎える。海岸から内陸に約2キロ。水田に囲まれた仙台市宮城野区蒲生地区の南部の集落に、専能寺はある。

 本堂や隣接する会館の壁には押し寄せた津波の跡が残る。「多くの人たちの手助けでようやくここまで復旧できた」。住職の足利一之(もとゆき)さん(49)が語る。

 寺は地震と津波で大きな被害を受けた。地域のランドマークだった山門は地震で倒れ、津波で約1キロ内陸へ流された。津波は本堂の中で渦を巻いた。

 波の高さは床上約1.5メートル。波が引くと、運ばれたがれきや自動車が境内や本堂を覆い尽くした。750基あった墓石の多くが倒壊した。「もう終わりだ」。寺の無残な姿に打ちのめされた。

 「地域の復興はお寺からですよ」。やがて全国から助けに来た仲間の僧侶の言葉に、背中を押された。

 境内のがれき撤去や墓石の復旧はひとまず仲間に任せた。足利さんは津波で犠牲になった信徒を弔うため葬祭会館や火葬場を回り、読経する日々が続いた。妻の由美さん(48)と手分けして奔走した。

 震災発生から20日ほど過ぎたころ。お勤めから寺に戻ると、がれき撤去に当たる仲間や信徒が境内で語らう様子が目に入った。

 ふと思った。

 「地域に寺があれば人は集まってくる。この場所で寺を再建することは、地域のためになる」

 吹っ切れた。「地域の復興はお寺から」という言葉を何度もかみしめた。

 再建には資金が要る。とはいえ、被災した信徒に大きな負担を掛けられない。農協から融資を受け、信徒総代らと何度も話し合い、計画を立てて理解を得た。寺を地域の祭り会場にもする。信徒や住民が気軽に集える場を目指す。

 寺は創建から約420年、現在の場所に移ってから約160年の歴史がある。長い間、住民から「おらほのお寺」と親しまれてきた。住職は足利さんが15代目。信徒は蒲生を中心に約800世帯。半数の世帯が津波で被災し75人が死亡、2人が行方不明のままだ。 自宅跡が災害危険区域に指定された信徒の多くは蒲生を離れた。でも「寺がある限り、いつでも帰ってきてほしい」。

 お盆の法要は、住んでいた地区ごとに参拝日を決め、近所だった信徒同士が顔を合わせられるようにした。思いは通じ、住む場所は変わっても信徒の減少はほとんどなかった。

 8月上旬、山門が5年半ぶりに再建された。落成式には信徒だけでなく、地域住民も訪れ「おらほのお寺に山門が戻った」と喜んだ。

 帰れる場所、変わらない場所が地域にとっていかに大切かが分かった。

 「震災前に息づいていた地域のつながりを今後も保てるよう、その一役を担いたい」。切なる願いを寺に託す。

(武田俊郎)

最終更新:9月18日(日)16時6分

河北新報

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