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【Faceちば人物記】「ちば素敵艦隊」中心メンバー東健一さん(42)

産経新聞 9月18日(日)7時55分配信

 ■ラジコン模型で地域活性化

 「子供の頃は、海洋公民館『こじま』の中で本を読み、かくれんぼをして遊んだ。今はなくて寂しい」と語り、自作のラジコン模型「こじま」を見つめる。

 千葉市中央区在住の東健一さん(42)はサブカルチャーで千葉みなとを盛り上げる団体「ちば素敵艦隊」の中心メンバーだ。

 先の大戦で軍艦として就役し、戦後、海上保安庁の巡視船となった「こじま」は昭和41年から平成5年の休館まで同市美浜区の海洋公民館として活用されていた。東さんは地域のシンボルだった「こじま」に焦点を当てて活動を続けている。

 物心つく頃から船の模型作りが好きだった。大学時代は美術を専攻。学芸員として県立美術館に勤務後、現在は趣味を生かして地域の文化振興に取り組む。

 5年前、団地での少子高齢化や老人の孤独死などの問題を抱える美浜区の衰退に歯止めをかけようとアートプロジェクトが発足した。学芸員として参加していた当時、千葉市の魅力を発掘しようと奔走した。その活動の中で解体後、忘れ去られようとしていた「こじま」の存在に着目した。「こじま」の歴史を掘り起こすと共にラジコン模型を制作して地域活性化に生かそうと美術館勤務時代の人脈で「ちば素敵艦隊」を発足させた。

 平成23年、1/200のスケールで、ラジコン模型「こじま」を自作で復元しようと仕事の合間に文献などの調査を開始。靖国神社の遊就館にも足を運んだ。

 だが、「こじま」の設計図を探し出すのは容易ではなかった。そこで、改装工事の際に調査された「こじま」の図面を参考にした。細部は写真に頼り、制作に着手。甲板以上の素材はプラスチック材や紙などを使用した。

 辛苦の末、ようやく「こじま」のラジコン模型が完成した。平成27年には「千葉みなとマリンフェスタ2015」でラジコン船の観艦式と体験操縦会、今年開催された同フェスタではラジコン船の観艦式と「こじま」の紹介ステージを実施した。

 「ちば素敵艦隊」結成当初、艦船模型はマイナーな世界だったためか、参加者も少なく「こじま」の歴史的な意味を広く知らしめることが難しかった。そこで、若者に大人気のゲーム、先の大戦当時の艦艇を擬人化した萌えキャラクターが多く登場する「艦隊これくしょん」に扮(ふん)したコスプレイヤーらとのコラボで若者の興味と関心を喚起した。

 また、1/200スケールに統一した戦艦「大和」などと共に大規模な観艦式を行うなどして注目を集めるよう工夫。活動規模を徐々に大きくし、今では若者だけでなく子供もイベントに訪れるようになった。会場では高齢の方から「『こじま』がどんどん忘れられていくのが寂しかった。今日はとてもうれしい」との反応もあったという。

 最近になり「こじま」の正しい図面を入手した。すでに作成したラジコン模型「こじま」と、ほぼ一致するデータだったが、さらに改修を進めるなど余念がない。

 「今後は『こじま』の歴史をワークショップ形式で伝えたい」と抱負を語る。また、個人宅に埋もれた写真提供を求め、記録作成を急ぐ。東さんは「『こじま』を通して美浜区活性化の一助となりたい」と力を込めた。(牧山紘子)

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【プロフィル】東健一

 あずま・けんいち 千葉市美浜区出身。公立中学校美術教諭で、団体「ちば素敵艦隊」の中心メンバー。幼少期より船の模型作りが好きで千葉市海洋公民館「こじま」に慣れ親しみながら育つ。千葉大学と同大学院時代は美術教育について学ぶ。学芸員として県立美術館に6年間勤務した。

最終更新:9月18日(日)7時55分

産経新聞

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