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【ハマの匠たち】(上) 印章彫刻士・國峯伸之さん(48)

産経新聞 9月18日(日)7時55分配信

 ■日本の大切な文化、次代に

 平成27年度(第20期)に47歳の若さで、印章彫刻士として「横浜マイスター」に認定された。歴代最年少というだけでなく、8年度(第1期)に選ばれた父、正美さんに続く初の「親子マイスター」となった。「横浜マイスターは素晴らしい技術に加え、次の世代に伝えるという役目がある。人間性も備わっていなければいけない」と、高みに達してなお謙虚な姿勢を貫く。

 正美さんが昭和41年に創業したはんこ屋「国峰印房」の長男に生まれ、仕事に没頭する父の背中を見て育った。プラモデルなど手先を使う作業が好きで、中学2年生のころには、「家業を継ごう」と思い至った。

 高校卒業後、すぐに印章彫刻士としてのキャリアをスタートした。平日は店で仕事、週末は県印章高等職業訓練校に通った。同校で印章彫刻のイロハを教わったが、正美さんからは「とりあえず10年頑張れ」と言われただけで手取り足取りの指導はなかった。

 ◆基礎の大切さ

 店での最初の仕事は印刀を研ぐ仕事。朝から晩まで研ぐだけで終わる日も多く、焦りを感じたこともあったが、力試しで一級技能士が競う全国大会に出場したところ、いきなり2位に。その後、木口彫刻とゴム印彫刻の2部門で全国1位を獲得した。知らず知らずのうちに高い技術が身に付いていたことに驚きながら、「基礎をしっかりやらないと良い彫刻はできない」という思いを強くした。

 15年たったころから印鑑のデザインから彫刻まで全工程を1人で任されるようになり、20年たって正美さんの最終チェックで修正されることがなくなった。「やっと父の合格をもらえるようになったかな」と思えるようになり、二人三脚での仕事が軌道に乗ってきた24年夏、正美さんが75歳で亡くなった。今も仕事で迷いができたとき、「父の『こうした方がいいんじゃないか』という一言がほしいと思うことがある」と明かす。

 ◆依頼者と対話

 印鑑を作る上で心がけているのは、依頼者と対話して感じた雰囲気や気持ちを文字に込めることだ。

 「お客さまは一生ものの印鑑を求めて来ているし、私も命を懸けて作っている」から、インターネット販売は考えたこともない。新たなアイデアを得るために、作製中にあえて2、3日寝かすこともある。最大限の思いと技術が詰まった1本の印鑑を通じて、依頼者と「五分五分」の関係でいることが理想だという。

 今後は、正美さんが自分にしてくれたように、後継者の育成にも力を注ぐ覚悟だ。職業訓練校で指導員を務め、かつての教え子が全国大会で優勝するまでになった。小中学校への技術指導も大切にしている。

 「出来上がったはんこを押して笑顔の子供たちを見ると、日本人のDNAにはんこを押すことがすり込まれているのではないかとさえ思います。今後も日本の大切な文化を伝えていきたい」

 きりっと、前を向いた。

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 市民の生活・文化に寄与する優れた技能職者を選定する横浜市の「横浜マイスター事業」が今年度で20周年を迎えた。これまでに選ばれた「ハマの匠たち」の仕事ぶりを伝える。

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【プロフィル】くにみね・のぶゆき

 横浜市立横浜商業高校卒業後の昭和62年、国峰印房に入社。ゴム印彫刻と木口彫刻の両方で技能グランプリを獲得。平成24年に父、正美さんの後を継ぎ、同社代表取締役に就任。県技能士会連合会専務理事。横浜市南区出身。

最終更新:9月18日(日)7時55分

産経新聞