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山本篤が銀メダル、自己ベストも金へあと8センチ

日刊スポーツ 9月18日(日)10時19分配信

<リオ・パラリンピック:陸上>◇17日◇男子走り幅跳び(切断などT42)

 陸上男子のエース、山本篤(34=スズキ浜松AC)が走り幅跳び(切断などT42)で2大会ぶりのメダルを獲得した。世界選手権2連覇中で今年5月には6メートル56の世界記録(当時)を出した山本は、4本目に自己ベストに並ぶ6メートル62をマーク。現世界記録保持者のハインリッヒ・ポポフ(33=ドイツ)の記録6メートル70には8センチ届かず目標の金メダルは逃したが、北京大会と同じ銀メダルを手にした。

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 山本の体が宙を舞った。4本目、義足の左で思い切り踏み切ると、最後は横に倒した体を投げ出すように着地。大ジャンプに手ごたえをつかむと右こぶしを握り、両手を上げて歓声に応えた。6メートル62。7月に出した自己記録に並んだ。

 5月の日本選手権で自身の記録を一気に20センチ更新する6メートル56の世界記録を樹立した。しかし、直後にヨーゲンセンに抜かれ、さらに7月にはポポフに6メートル72まで伸ばされた。「3強」が今年初めて顔をそろえた大舞台。それでも山本は「自分のジャンプができれば」とライバルの跳躍に背を向けて集中した。

 苦い思いがあった。08年北京大会では5メートル84で銀メダルを獲得したが、前回ロンドン大会では「相手を見すぎて翻弄(ほんろう)された」と自己ベストを大きく下回って5位に終わった。4年間、自分の試技だけに集中した。精神的に安定すると記録も伸びた。

 静岡・掛川西高2年の00年3月にバイク事故で左太ももから下を切断した。高校までは1メートルを超える跳躍力でバレーボール部で活躍。卒業後に陸上を始めると、すぐに才能が開花した。04年には大体大へ推薦入学。大体大大学院では義足アスリートを研究した論文で修士も取った。日本陸上界初の義足メダリストは、とことん競技を追求してきた。

 今大会では、400メートルリレーのアンカーとして日本を初の銅メダルに導いた。「次は走り幅跳びで金メダル」と誓った。わずか8センチ届かなかったが、ベスト記録に並ぶ大ジャンプで力は出し切った。日の丸を手にした山本の笑顔は、充実感であふれていた。

 ◆山本篤(やまもと・あつし)1982年(昭57)4月19日、静岡県掛川市生まれ。掛川西高-大体大-大体大大学院。高2の時のバイク事故で左太ももから切断。高校卒業後に陸上を始める。パラリンピックは08年北京大会から3大会連続出場。同大会走り幅跳びで銀メダル。12年ロンドン大会は5位だったが、15年世界選手権で金メダル。167センチ、59キロ。

最終更新:9月18日(日)11時49分

日刊スポーツ

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