ここから本文です

<パラ陸上>フェルフールト有終の美「安楽死」複雑な胸の内

毎日新聞 9月18日(日)20時50分配信

 【リオデジャネイロ岩壁峻】進行性の病気に苦しみながらパラリンピックに挑み続けてきた陸上女子のマリーケ・フェルフールト(37)=ベルギー=が17日、100メートル(車いすT52)で銅メダルに輝いた。フェルフールトは大会期間中、2008年に安楽死の許可を得たことを打ち明けた。今大会で引退と決めており、有終の美を飾ったフェルフールトは「夢がかなって幸せだが、もうレース用の車いすに乗れない」と複雑な胸の内を語った。

 フェルフールトは10代半ばに筋力が衰える進行性の病気と診断されたが、車いすバスケットボールなどに親しんできた。前回ロンドン大会は100メートルで金メダル、200メートルも銀。今大会も400メートルで銀を手にしていた。

 症状は年々悪化していた。脊髄(せきずい)の断続的な痛みは耐え難く、突然襲われる発作の恐怖にもさいなまれてきた。数年前は絵を描くこともできたが今はできなくなった。視野も20%ほどしかない。14年には料理中に発作に襲われ、沸騰する湯の入ったポットをひっくり返して腹部や膝に大やけどを負った。フェルフールトは「心では『もっと練習してレースに出ろ』と思っているが、体は『練習すればもっと悪くなる』と言っている」と明かした。

 苦痛に耐えられず患者自らの意思で医師による薬物投与などで死に導く安楽死を申請した。もし認められなかったら「自殺していた」というフェルフールトは許可を得て「心の安らぎを得た。何が起きても自分で死を決めることができるから」と話した。01年のオランダに次いでベルギーは02年、国として安楽死を合法化した。許可を得るには3人の医師の判断が必要だった。

 今後は執筆活動に取り組むほか、自らの歩みについての記事や写真、映像などを集めた記念館を作るのが夢だという。フェルフールトは「最期を迎えた時に、私が残したものが人々に勇気を与えられたら」と話した。

最終更新:9月18日(日)21時35分

毎日新聞