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【パラ陸上】日本初の義足メダリスト・山本篤は自らも義肢装具士

スポーツ報知 9月18日(日)13時28分配信

◆リオデジャネイロ・パラリンピック ▽陸上 男子走り幅跳びT42(下肢切断など)決勝(17日・オリンピックスタジアム)

 日本パラ陸上界のエース・山本篤(34)=スズキ浜松AC=は、期待された今大会日本勢金メダル1号を逃し「金を狙いにいっての銀メダル。金メダルをとれば英雄になれると思っていたが、僕にその権利はなかった」と悔しがった。

 山本はパラリンピック3大会連続出場。初出場した08年北京大会で同種目の銀メダルに輝き、日本パラリンピック陸上の「義足アスリート」として初のメダリストとなった。今大会の男子4×100メートル・リレー(T42-T47)でも銅メダルを獲得している。

 男子走り幅跳び(T42)で山本のライバルは2人。世界記録保持者のハインリッヒ・ポポフ(ドイツ)と、ダニエル・ヨーゲンセン(デンマーク)だ。今年に入ってから、山本が5月に6メートル56で世界新記録を更新。すると6月には、ヨーゲンセンが負けじと6メートル70を記録した。さらに8月にはポポフが世界新となる6メートル77の跳躍を見せた。

 7月に自己新となるアジア記録6メートル62を跳んで臨んだ今大会。山本は4回目でアジア記録タイをマークしたが、ポポフが1回目にマークした6メートル70には及ばなかった。

 山本は高校2年の時、スクーターで事故を起こし左けい骨を粉砕骨折。壊死が始まり、左太ももを手術で切断した。競技用義足と出会い競技を開始、その後自らも義肢装具士の資格を取得した。北京大会終了後に指導者になることを考え、大阪体育大学大学院体育学博士課程で運動力学を研究。自らの動作を科学的に分析して走りを修正し、義足に改良を加えながら日本記録を更新し続けた。いつしか「日本パラ陸上界のエース」と呼ばれるようになった。

 20年東京パラリンピック出場へ、まずはポポフの持つ世界記録6メートル77の更新を目指す。「まだ成長できると思っている。80センチ台に乗せられれば」と未来を見据えた。

 ◆山本 篤(やまもと・あつし) 1982年4月19日、静岡生まれ。34歳。T42(左太もも切断)。スズキ浜松アスリートクラブ所属。2008年北京パラリンピック・走り幅跳び銀メダル。13年IPC(国際パラリンピック委員会)世界陸上・走り幅跳び1位、15年IPC世界陸上・走り幅跳び1位。16年IPC陸上GPファイナルで6メートル62のアジア記録を更新した。167センチ、59キロ

最終更新:9月18日(日)13時28分

スポーツ報知