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【ビッくらぼんの365日・芸人日記(133)】大学教授と芸人の二足のわらじを履く61歳、わっしー教授

サンケイスポーツ 9月19日(月)16時0分配信

 わっしー教授(61、松竹芸能所属)★デビュー・2016年4月

 密かに秋休み(シルバーウイーク)に突入していたくらぼん記者に代わって、今回はくのいちが担当します。

 ピン芸人としての仕事と、親子ほど年の差があるピン芸人、山崎ユタカ(33)と組むコンビの両方で活動する。コンビの際はボケを担当し、沈着冷静な“本職”の教授とは真逆の激高キャラがウリだ。

 --芸名の由来は

 「本名が鷲田なので、昔から『わっしー』と呼ばれていました。当初は自分も周りも『わっしー』と言っていましたが、作家の先生から『61歳なんだから、周りがどう呼んでよいか分からなくなる。教授をつけたらどうだ』といわれたのがきっかけです」

 --上智大大学院地球環境学研究学科の現職教授の肩書をお持ちですが

 「名大工学部を卒業し、最終学歴は神戸大大学院経済学研究科博士課程中退ですが、最初から学者になろうと思っていたわけではなく、好きな研究をしていたら、教授になっていました」

 --では、なぜお笑いの世界に

 「きっかけは、2014年に趣味の研究だった100万円のロボットを2体購入したことです。人の話をプログラミングして、ロボット同士で漫才をやらせてみたいと思いまして。ロボットに、自分で作った15分くらいのネタと間や動きをプログラミングしてやらせたら全然、面白くなくて。人に聞かせる漫才をやらせるには、やはりプロに習わないと、とインターネットで漫才を教えてくれるところを検索したら、松竹芸能タレントスクールが出てきまして」

 --それでタレントスクールに入学した

 「たまたま模擬授業に参加したんです。参加するのには勇気がいりましたね。若い人ばかりに違いない、じじぃが行ってもなぁ…と抵抗があったのですが、200万円も出したロボットのためにも、と、どえりゃー緊張して(会場の)後ろに座っていたら、講師の人から『ステージに上がってください』と言われまして。舞台に上がったら、ものすごく楽しくて、今までの世界と全く違ったんですね。人を笑わせることがとても楽しくて、もしかしたら自分の人生を変えてくれるかな、と思いました」

 --ご家族は何と

 「正直なところ、女房は賛成をしてくれました。今までロボットのベンチャー企業を設立したり、出版社も作ったことがあるので、年を取って変なことばかり考えるなら、お笑いの方向に行った方が真っ当だと考えたみたいです。3人の息子のうち2人からは『恥ずかしいことはやめてください』と言われましたが、息子は関係ない、妻が賛成なんだから、と(決心がつきました)」

 --実際にやってみて

 「スクールの1年間は苦しかったですね。若い人とのつき合い方がね。先生だったら(大学で)学生とのつき合いを30年もやっていますし、無理なくやれます。けれども、10代もいる若い世代と同期。どうやってつき合っていったらいいか本当に分からなくて、距離感が難しかったですね」

 --その距離感をどうクリアしたんですか

 「一生懸命やっている姿を見せると、『こいつも一緒なんだ』という風になってくれる。ネタ見せとかのために、毎週、毎週、ネタを作っていきましたよ。1年通って、1個だけネタが残ったときは本当にうれしかったですね」

 --どんなネタですか

 「そのネタは、今まで踊ったこともないのに、三代目J Soul Brothersの『R.Y.U.S.E.I.』を流して、ランニングマンを踊ったり、マイケル・ジャクソンのムーンウォークをやったりして、すごくウケました」

 --同じピン芸人の山崎さんとコンビを組んで活動もされていますが

 「『M-1グランプリ』や『キングオブコント』などに出るために、私から同じ事務所の山崎さんに声を掛けました」

 --どんなネタがあるのですか

 「私が娘の父、山崎さんが娘の恋人という設定のネタで、父親役の私は、恋人が『お父さん』と言ってくるだろうけれど、言われる筋合いはない、と突っぱねよう、と待っている。ところが、なかなか恋人が『お父さん』といわずにキレる…というネタがあります」

 --コンビでのコンテスト(大会)は、いつ挑戦されるのですか

 「7月から予選が始まった『キングオブコント2016』で2回戦までいったときは、本当にうれしかったですね。1回戦の通過率が5%と聞かされていたので、ものすごく感激しました。他の芸人さんから『通ってすごい』って評価されましてね」

 --違う景色が見えましたか

 「60歳は、すごろくでいったら、あがりの年。それがスタートなわけですよ。あの緊張感を還暦になって味わえる人なんて少ないと思います。教授としてだったら、1万人を前にして講演もできます、緊張しないで。なのに2回戦のときは足が震えましたね。芸人は、お客さんに笑っていただいたらすごくうれしいものですが、賞レースで勝つ喜びを1年目で味わわせていただいたのは大きかったですね」

 --今後は

 「教授、教授と呼ばれて教授で死ぬ人生より、芸人で人に笑われて死ぬ方がカッコいいと思っています。人生でとても大きな転機、良い転機になりました。スクール時代1年間、すごくつらくて、逃げるのは簡単だったけど、逃げない方がカッコいいなぁと。今もいろいろな障害を感じますが、頑張っていきたいですね」

 --大学の教え子は知っていますか

 「学生に、お笑いをやっていることは自分から言わない、宣伝していません。職員には宣伝しますが(笑)。ロボットの研究? 余裕がなくて止まっています」

 --自分とロボットの漫才は考えていますか

 「それは禁じ手ですね。お客さんに笑われるのはロボットではなくて、私が笑われないといけないですから」

 山崎とのコンビで出場した「キングオブコント」は残念ながら2回戦で敗退したが、10月半ばには雪辱戦となる「M-1グランプリ」の2回戦が控える。

最終更新:9月19日(月)16時0分

サンケイスポーツ