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沖縄三越閉店から再出発 職人の技に依頼続々

沖縄タイムス 9/18(日) 15:00配信

 修理不可能と別の店で断られた靴が、職人技でよみがえった-。本紙8月21日付オピニオン欄の投稿に対し、読者から店を知りたいとの問い合わせが次々と寄せられた。「三越にいたあの職人では?」との質問があり、店を訪ねてみると、2014年9月の沖縄三越閉店に翻弄(ほんろう)されながらも独立し、新しい道を歩み始めた呉屋恒夫さん(54)の姿があった。(調査部・城間有)

 店は那覇市前島にある「58FACTORY(ゴーハチ・ファクトリー)」。小さな店内には、かばんや靴、革製の上着やスーツケースまで、大切に使われてきたであろう品々が所狭しと置かれている。

 「三越で働いていた時、高齢の女性がビニール製のぼろぼろの靴を持ってきた。修理代の方が高いですよ、と新品を買うことを提案したら、孫からのプレゼントで捨てられない、と。それから考えが変わった」。依頼品にはその人の思い出が詰まっている。今ではどんな修理も最初では断らない。

 26歳の時に靴修理のミスターミニットに入社。働きながら技術を身に付けていった。沖縄三越内の店舗に配属されて17年たった14年5月12日、仕事を始めるきっかけでもあり、長年二人三脚で働いてきた同僚が急死。動揺しているところに追い打ちをかけたのが、2日後に報じられた「三越閉店」のニュースだった。職場と相棒を同時になくすという現実に、先のことが考えられなかった。

 残った仕事を休む間もなく片付けながら、転職しようかとも考えた。しかし友人が物件を見つけてくれ、会社が機械や備品を譲ってくれた。三越閉店と同じ月、14年9月に店はオープンした。「バックアップしてくれる人がいたから、独立してみようと思えた」

 三越に出入りしていた業者に勤めていた宮城康太さん(33)もその一人。閉店後が気になり、呉屋さんに初めて声を掛けたとき「独立する。一緒にやらないか」と言われ、転職を決めた。めきめき腕前を上げ、今では呉屋さんの右腕として働く。クリーニング担当の目取眞之利さん(54)とともに店を支えている。

 投稿を通して評価されたことに「恥ずかしいね」と呉屋さん。「しかし自分がやってきたことが間違いではなかったということ。うれしい」と話した。

最終更新:9/19(月) 13:35

沖縄タイムス