ここから本文です

<杉山千佐子さん死去>空襲の傷、市民救済を 立法働きかけ

毎日新聞 9月19日(月)1時0分配信

 全国戦災傷害者連絡会(全傷連)会長の杉山千佐子さんが18日、亡くなった。この日は101歳となる誕生日だった。57歳で全傷連を設立し、空襲による民間被害者を補償する援護法の制定を求め続けた。国会では新たに援護法制定を目指す動きが始まったが、15回目の法案提出を見ることはなかった。

 全傷連事務局の岩崎建弥さん(75)によると、昨年10月に自宅で転んで入院したのを機に老人ホームに入った。それでも同12月に上京し、全国空襲被害者連絡協議会の集会に参加するなど元気な姿を見せていたが、今年6月に愛知県弁護士会主催のシンポジウムに出席直後から急速に衰え、それが最後の公式な活動になった。8月からは寝たきり状態だったという。

 杉山さんは1972年秋、「名古屋空襲を記録する会」の下部組織として1人で全傷連を設立した。戦時中は民間人も救済する法律があったのに、戦後に補償を受けたのは軍人や軍属などに限定された。空襲で左目を失明した杉山さんは「我々もお国のために活動したのに」と憤慨した。

 全傷連は翌73年に独立、会員は一気に800人に増えた。当時の社会党が中心になり、同年に最初の「戦時災害援護法」案を提出した。しかし、政府は一貫して「民間被害者は国と雇用関係がなかった」と主張、法案はこれまで14回提出されたが、いずれも廃案になった。

 仲間が高齢で次々と亡くなり、全傷連は2013年、会としての活動を停止した。それでも全国空襲被害者連絡協議会の会合などに参加し、援護法制定を訴えた。昨年8月、与野党の超党派で援護法制定を求める議員連盟が発足。事務局の柿沢未途衆院議員(東京15区)事務所によると、今秋の臨時国会で議論を深める予定という。【黒尾透】

最終更新:9月19日(月)1時13分

毎日新聞