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原氏と津田氏の勝負の絆は今でも生きている/コラム

日刊スポーツ 9月19日(月)7時4分配信

 力で上回りたい。ただ上回るだけじゃなく圧倒したい。獣性(じゅうせい)という言葉もあるが、霊長類ヒト科・ホモサピエンスが持つ本能である。野球人は年がら年中、負けず嫌いの日本選手権をやっているようなもの。「今まで対戦した中で、一番すごいボールを投げた投手は誰か?」はベタな愚問ではなく、おしなべて熱っぽく語る“鉄板”の問いだ。

 昨季まで巨人の監督を務めた原辰徳氏と、このテーマについて何度か話したことがある。特に速い直球を投げるピッチャーとの対戦前後に、回顧として出てきた。「津田、小松、鈴木孝政さん。後、大学時代だけど、江川さん。とにかく真っすぐが速かった」。決まって名前を挙げるのは同世代の4投手で、順番も決まって「津田」からだった。

 広島東洋カープ最高のストッパー、津田恒実。当時の原辰徳は、直球を打った衝撃で左手の有鉤(ゆうこう)骨が砕けた。ボールとバットの衝突で骨が折れる。漫画の世界だ。「もちろん速いんだけど、重くて、浮き上がってくる感じでね。高めは特にすごかった。でも、バットを短く持つ発想は、まったくなかった。短く持ったことは、野球人生で1回もないよ」。この辺りで、愛用のノックバットをギュッと握ってグリップを作る。勝負師の本能が首をもたげてくる。

 「どんなに速いボールでもグリップエンドに少し、指をかけた。バットを短く持った瞬間、引退と決めていた。なめられるからね。そこで、考えるんだ。ヘルメットを目深にかぶって、アゴを引いて、目線を絶対に上げない。スタンスをやや狭くして、ぶつかっていく。自分の決め事を作ったんだ」

 津田との決闘から四半世紀を経て、引き出しにしまっていた懐刀を抜くときが来る。2009年のWBC2次ラウンド。負けたら終わりのトーナメント初戦、相手キューバの先発はチャップマン。映像を見て「とんでもなく速い」と悟った原監督は、侍たちに具体的な指示を出す。

 「徹底して高めを捨てる。目線を絶対に上げないで、とにかく高めのボールに手を出さないようにしよう」。チームは世界で最も速い直球の攻略に成功し、世界一まで駆け抜けた。イチローはじめ個性派が集った第2回のWBC。中途半端な指示は出せない。津田の、特別な直球をどう打つか。培った方法論に自信があったからこそ、だろう。

 3年後の7月20日、オールスター第1戦の試合前に故・津田恒実氏の野球殿堂入り表彰式が行われた。偶然にも19回目の命日で、晃代夫人がレリーフを受け取った。

 囲み取材では「主人の現役時代に『オールスターを見に行きたい』と希望しました。でも『人混みは危ないから、また今度』と言われ、断念しました。その後もかなわないままでしたが、19年たって主人が約束を果たしてくれました」とうれしそうだった。

 原監督は表彰を受ける晃代夫人を優しい顔で見つめ、誇らしげに胸を張って、誰よりも長く、大きな拍手をしていた。試合後に晃代夫人の話を伝えると、「良かった。そう言ってもらっただけで、今年のオールスターを行う価値があったんじゃないか」で止まり、大きな目をうんと開いた。

 相手を上回りたい。縁に従って、本能に任せて勝負に没頭した。掛け値なしで培った絆は、いつまでも生きている。【宮下敬至】

最終更新:9月19日(月)8時52分

日刊スポーツ