ここから本文です

【イマドキの仕事人】新しいサラダ文化を運ぶ野菜専門キッチンカー

スポニチアネックス 9月19日(月)7時1分配信

 外食の増加や多忙、金銭的な余裕がないことなどから、現代人の野菜不足が深刻になっている。そんな中、1日に必要な野菜の約70%を摂取できるサラダを作り、都内を回るキッチンカーがある。「サラダを主食として食べる」という、ニューヨークスタイルを取り入れた小さなミニバンが、日本に新しい“サラダ文化”を運んでいる。

 ランチタイムの東京・表参道。オフィスビルの一角に真っ白なミニバンが停車すると、小銭を握った客が次々に集まり列をつくる。運転席から降りた酒匂(さこう)敦(31)は、オリジナルTシャツの上にエプロンをつけると、後ろのキッチン席へ移動。手には大きなボウルを持ち、客の好みに応じて野菜を入れていく。勢いよくドレッシングとまぜ合わせ、アボカドや鶏肉などのトッピングを添えて完成したサラダは、色あざやかでみずみずしい。

 酒匂が運営する「WISH FRESH SALAD」は、世界初のサラダ専門キッチンカー。20種類以上の野菜やトッピングを乗せ、週に5日、昼食時に都内を回る。野菜の仕入れ先は東京・大田市場。旬のものを中心に、全て酒匂が試食をしたうえで「おいしい」と思うものだけを選ぶ。6種のドレッシングは海外のレシピを参考に、独自で開発。毎朝5時から3人の従業員とともに野菜のカットなどの仕込みを開始する。

 主なターゲットは会社員で、周辺に飲食施設のないビルに勤務する人や、昼食の時間を十分に取れない人からの注文が多い。事前にメールでオーダーを取り、社屋の入り口に届けるデリバリーサービスも人気だ。

 東京都出身。大学卒業後、映画を学びにニューヨークへ留学した際、サラダをメインの食事として食べる習慣に感銘を受けた。元々野菜は苦手だったが「純粋においしくて、食べていて気持ちが良かった」という。将来を模索していた2010年6月、先行きが見えず「代わり映えのないモノクロな日々を過ごしていた」という酒匂は、サラダ専門店に並ぶ色とりどりの野菜に自分を重ねた。「毎日ハッピーじゃないし、沈む日もある。一日一日が別の色でも、それぞれの日に意味があれば、毎日が鮮やかになる」。この気持ちをサラダで伝えたい。サラダを主食として食べるニューヨークの文化を日本で広めたい一心で、翌月に帰国。サラダ店開業の構想を練り始めた。

 経営はもちろん、調理経験も浅い25歳。「品川駅構内に店を出したいと友人に相談したら“身の丈にあったところから始めろ”と説得されまして」。キッチンカーに目を付けたのは、資金が少なくて済み、仕入れから販売まで1人でまかなえる範囲であるとの理由からだった。

 11年4月の開店当初は仕込みの量がわからず、10食分を作るのに徹夜をしたこともあった。キッチンカーの世界は厳しく、1年で90%が脱落すると言われている。「周りからは3カ月でつぶれるだろうなと思われてたみたいです」。そう笑いながら当時を思い返す。成功の理由は「客観的に見られること」だと分析し、「車の位置やレイアウト、お客さんの導線、どうすれば目に入るのかを常に考えています」と語った。出店する場所の客層の調査も欠かさないという。

 最近では、アイドルが各地でイベントを行う際に現地まで赴き、ケータリング食としてサラダを提供している。新鮮な野菜を好きなだけ摂取できると、メンバーからも好評だ。身軽に動けるキッチンカーだからこそできる仕事だと言えるだろう。

 ふと目を閉じて、自分の毎日の食事が何色をしているか、思い出してみてほしい。肉や油が中心の茶色い食事になっていないだろうか。生活習慣病の発症や免疫力の低下、便秘や肌荒れを防ぐことのできる野菜は、現代人にとって“もっとも大切で、もっとも欠けているもの”なのかもしれない。「今後は葉っぱだけでおいしいと感じるサラダを作っていきたいです」。酒匂の仕事が、日本人の食事スタイルに新たな風を呼び込む日も近そうだ。 =敬称略=

 ≪客自身の好みでトッピングOK≫1番人気は「彩り鮮やかサラダ」(税込み800円)で、ミックスグリーンにカボチャ、パプリカ、鶏ささみ、レーズン、クルミがバルサミコドレッシングであえられている。もちろん、自分の好みで最初から選ぶことも可能。野菜やトッピングはそれぞれ50~150円で注文できる。購入した大学職員の女性(25)は「レタスに苦みがなく、甘くておいしい。サラダだけでおなかがいっぱいになるし、体に良いことをしている気分」と声を弾ませていた。

最終更新:9月19日(月)7時1分

スポニチアネックス

いかにして巨大イカを見つけたか
人類は水中撮影を始めたときから巨大イカ(ダイオウイカ)を探し求めてきました。しかしその深海の怪物を見つけることは難しく、今まで撮影に成功したことはありませんでした。海洋学者であり発明家でもあるエディス・ウィダーは、ダイオウイカの初の撮影を可能にした知見とチームワークについて語ります。