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カッコイイとかわいそうは両立しない 為末大が見たパラ

朝日新聞デジタル 9月19日(月)13時0分配信

 健常者と遜色のない記録で注目を集めてきた、陸上男子走り幅跳び(切断など)のマルクス・レーム(ドイツ)が金メダルに輝いた。8メートル21は、8メートル38のリオ五輪優勝記録にわずかに届かなかった。それでも会場を十分に沸かせた素晴らしい跳躍だった。

 レームのような選手の登場は、パラリンピックの世界に何をもたらすのかを考えてみたい。

 ここ数年、パラリンピックを取材して感じるのは、“かっこいい”と“かわいそう”は両立しないということだ。“かわいそう”な状況を乗り越えて頑張っているという文脈は、共感を呼ぶけれど、憧れの存在にはなりえない。“かっこいい”というのは、圧倒され、自分もあんな風になりたいと強烈に思わされる存在に抱く感情だ。

 パラリンピックは選手一人一人の障害の背景にストーリーがあるため、そこに意識がいきがちだ。障害を乗り越えたストーリーは感動するが、それとパフォーマンスは関係がない。

 パラリンピックは、リハビリの文脈から抜け出て、チャンピオンを決める場になりつつある。さらに一歩進めるには、障害を抱えた子供たちに目を輝かせてああなりたいと感じさせるような、世界で名の通ったヒーローの登場が必要だ。

朝日新聞社

最終更新:9月19日(月)17時38分

朝日新聞デジタル