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キノコの輪「フェアリーリング」の不思議とは?植物の成長物質が引き金 食糧問題の解決に貢献も

産経新聞 9月19日(月)12時15分配信

 芝生にキノコが環状に生える不思議な現象「フェアリーリング」(妖精の輪)。その原因となる物質が、さまざまな植物の成長を促すことが分かってきた。穀物や野菜にも効果があり、食糧問題の解決につながるか注目を集めている。(草下健夫)

 ■「妖精が作る輪」

 フェアリーリングは芝生が輪のような形に色濃く繁茂したり、逆に枯れたりして、その跡にキノコが生える現象。西洋では妖精(フェアリー)がこの輪を作り、その中で躍るという言い伝えがあり、この名前が付いたようだ。

 17世紀の学術論文に記載されるなど古くから知られるが、芝の病気とされ、原因は謎に包まれてきた。国内でも公園などでみかけることがある。ゴルフ場ではコースの品質を低下させる迷惑な存在だ。生えるキノコは約60種が知られる。

 この現象の解明に挑んだのが静岡大の河岸洋和教授(天然物化学)。2004年、職員宿舎の芝生にコムラサキシメジという食用キノコが輪のように生えているのを見つけた。研究人生の転機となるフェアリーリングとの出合いだった。

 「なぜこうなるのか。誰かのいたずらかな」。疑問を抱きつつ、みそ汁に入れて食べてしまった。「キノコの専門家なのに、当時はこの現象を知らなかった」と苦笑しながら振り返る。

 ■穀物収穫が大幅増

 河岸氏らはキノコが特別な物質を作っているとみて研究を開始。コムラサキシメジの菌を培養して芝に与えてみると、よく成長した。分析した結果、菌に含まれる「AHX」という有機化合物が芝の成長を促進することを06年に突き止め、フェアリーリングの原因を解き明かした。

 AHXが天然物から検出されたのは初めて。成長を促す別の物質と、逆に抑える物質も菌から発見し、計3種類の成長調節物質を見つけた。

 フェアリーリングができる仕組みはこうだ。キノコの菌が芝の張り替えなどの際に芝生に付着し、増殖して同心円状に広がっていく。円の縁では成長調節物質が活発に働くため、芝が繁茂したり枯れたりする。輪は年間数十センチずつ大きくなるという。

 芝はイネ科なので、河岸氏はAHXがコメの収穫量の増加に役立つとみて、イネにも与えてみた。すると穂の数が多くなり、実験室の栽培では収穫量が25%も増えた。

 丈が早く伸び、倒れやすく農作に不向きの状態になりかけるが、収穫時の丈は通常と同じだった。他の2つの成長調節物質を与えて水田で育てた場合も、8~10%の増収となった。

 ■ストレスへの武器

 これらの物質を世界三大穀物で実験すると、コムギは24・1%の大幅増収、トウモロコシは飼料となる茎などを含め丈が23・5%長くなった。ジャガイモ、トマト、レタスや茶、バラなど種類を問わず植物の成長を促進することも分かった。

 AHXを与えたイネを分析したところ、病原菌への抵抗性を高める遺伝子や、低温や塩分などのストレスから植物を守る遺伝子の働きが増えていた。トマトは寒さや暑さ、高い塩分濃度の厳しい環境でも通常と同じように育った。

 調べた全ての植物がAHXを生合成しており、ほかの2つの物質も作っているらしい。植物は体内で3つの物質が役割分担しながらホルモンのように働き、成長しているようだ。

 河岸氏は「これらの物質はストレスに対する武器のようなもので、悪天候時に植物の潜在力を引き出す。農作に利用すれば、収穫増や生産地域の拡大で世界の食糧問題の解決に貢献できる可能性がある」と話す。遺伝子組み換え作物とは違って、これまでと同じ品種で収穫増が期待できるのも利点だ。

 海外の化学会社が農薬に使う研究に乗り出すなど、企業側の関心は高い。ただ実用化するには、使う物質の種類や濃度、時期などについて最適な条件を見いだす必要がある。採算も確保しなくてはならない。

 河岸氏は「穀物に含まれる物質なら人間が長年食べてきたので安全だ。森林の再生に役立つ可能性もあり、夢が広がる」と期待を込める。

 気候変動や途上国の人口爆発で食糧不足が懸念される中、妖精たちが人類を危機から救ってくれるかもしれない。

最終更新:9月19日(月)12時15分

産経新聞