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【あの時・75年カープ初優勝】(2)「本当に感激した」ミスターの祝福

スポーツ報知 9月19日(月)15時0分配信

■V決定の夜、まさかの対面

 敵地の後楽園で、熱狂するファンの前で宙を舞った古葉。「ただ感激。選手が僕を引っ張ってくれた」。当時39歳。セ・リーグ最年少の青年監督は新聞、テレビ、ラジオの取材を謙虚に次々とこなし、あとは宿舎へ帰って選手たちと祝勝会だ。永遠に続いてほしい夢のような時間。ただ、心に引っかかることがあった。

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 数日前、夕刊紙の記者から「10月15日の巨人戦に勝って優勝を決めたら、その夜、対談をしてくれませんか?」と依頼された。軽い気持ちで「構わないよ」と答えたが、対談相手の名前を聞いて衝撃を受けた。巨人の長嶋茂雄監督だった。

 「そんなこと、できっこないだろ。試合に負けたばかりで、そのうえ巨人は球団創立以来初めての最下位だぞ。球団が許すはずがない」。あきれて突き放した古葉に、記者はなおも食い下がる。ついに「相手が構わないというならオレもいいぞ」と、半信半疑ながら首を縦に振った。長嶋は都内のホテルで待ってくれている手はずになっていた。

■「古葉ちゃん」

 約束の場所へ行くと、長嶋が満面の笑みで出迎えてくれた。「古葉ちゃん、来年はうちが優勝するからね」。第一声こそ軽いジャブが飛んできたが、その後は心から祝福された。「カープが初めての優勝だったから、祝ってあげようという気持ちもあったんだろうが、長嶋さんはとにかく球界全体のことを考える人。お互いに切磋琢磨(せっさたくま)して、もっと盛り上げていこうよ―というエールだったと思う」。40年以上も前のことながら、情に厚い古葉は何度も「あのときは本当に感激した」と繰り返した。

 古葉と長嶋には少なからぬ因縁がある。ともに1936年生まれ。学年は2月生まれの長嶋が1年上だが、プロ入りは同じ年だ。地味な成績だった古葉が63年、一気にブレイク。激しい首位打者争いを演じたのが長嶋だった。ただ、残り13試合となったところで大洋(現DeNA)の島田源太郎投手から右顎に死球を受け亀裂骨折、シーズンが終わってしまった。結局、打率3割3分9厘の古葉を2厘上回った長嶋が、4度目の首位打者のタイトルを手にした。

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最終更新:9月19日(月)15時0分

スポーツ報知

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