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【あの時・75年カープ初優勝】(3)「誰かがやらなければ」緊急事態で誕生した古葉監督

スポーツ報知 9月19日(月)15時10分配信

■激高したルーツ

 75年のペナントレースが始まったばかりの4月27日の阪神戦(甲子園)。広島・佐伯和司、阪神・古沢憲司両投手の投げ合いで、ともに無得点のまま迎えた8回裏。2死一、二塁でフルカウントから掛布雅之に投げた外角球をボールと判定され、ジョー・ルーツ監督が激高。松下球審に激しく詰め寄ると、制止しようとした竹元一塁塁審の胸を両手で突き、退場を宣告された。

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 納得せずホームベース上で仁王立ちし、放棄試合でも構わないと抗議を続けるルーツ。審判団の要請を受け、重松良典球団代表が試合を続行するよう説得したが応じない。審判とはオープン戦からトラブル続きだったが、当時1軍コーチとして阪神ベンチから見ていた安藤統男は「日本の審判に恨みでもあるのかと思った。ストライク、ボールの判定で本当にしつこい」とあきれていた。

■監督不在の異常事態

 代表の説得に応じた格好で引き下がったが、この日はダブルヘッダーだ。アグリーメントにより第2試合には出場可能だったが、ルーツは「今後、広島の指揮は執らない」と言い残し宿舎へ帰ってしまった。退場騒動の後はチーム最年長の野崎泰一ヘッドコーチが監督代行を務めたが、シーズンが始まったばかりで監督不在の異常事態に陥った。

 球団はルーツへ再び指揮を執るよう求めたが「契約では、グラウンドでは監督に全権を与えるとしていたのに、球団代表がグラウンドに出てきたのは権限の侵害」と決裂。名古屋遠征を終えて地元に帰った5月3日、ゲーム前のノックを終えた1軍守備コーチ・古葉の監督就任が、球団事務所でドタバタのなか発表された。

■初V見えた8・9阪神戦

 「誰かがやらなければいけないこと。大した成績も残していないのに12年間も選手としてお世話になったんだから恩返しもしたかった」。急な話ではあったが古葉に迷いはなかった。もちろん「3年連続最下位で、毎年監督が替わっていた。僕もダメなら1年だと思ったから、悔いを残さないためにもやりたいようにやろう」と覚悟を決めていた。

 就任時点で9勝9敗1分けと全く五分の星でチームを託された古葉は、中日、阪神と三つどもえの争いを続けた。そして7月19日のオールスター第1戦。山本浩二、衣笠祥雄の両主砲がともに2打席連続ホームランを打ったことで、万年最下位争いをしていたチーム内に「いける」というムードが出てきた。後半戦のカープは怖いぞと、世間も思い始めたきっかけだ。

 優勝への節目になったのは、8月9日の阪神戦(西京極)。エース・江夏豊に0点のまま抑えられていた7回、伏兵・久保俊巳の劇的な満塁本塁打で勝った。2位の中日とは0・5ゲーム差ながら、3位の阪神には2ゲーム差をつけて首位。「これで中日との一騎打ちだ」と古葉。シーズン途中でチームを引き継ぐ難しい状況から、初優勝がはっきりと見えた瞬間だった。

 ところで、わずか15試合で去ったルーツ監督はチームに何を求めシーズンをスタートしたのだろうか。(特別取材班)=敬称略=

最終更新:9月19日(月)15時10分

スポーツ報知

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