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元看護師94歳の石川さん(六ケ所)週1回介護施設で元気にボランティア

デーリー東北新聞社 9月19日(月)11時53分配信

 94歳となった今も、青森県野辺地町の通所介護施設で週1日、ボランティアとして元気に活動する女性がいる。六ケ所村倉内の石川とみゑさん。このほど、年齢にとらわれずに生き生きとした生活を送る全国の高齢者などを紹介する、内閣府の「エイジレス・ライフ実践事例」に選ばれた。石川さんは「何の役にも立っていないよ」と謙遜するが、利用者の話し相手になるなど、身近な高齢者の大きな心の支えになっている。

 石川さんは1922年、山形県に生まれる。家庭の事情で13歳の時、大阪府の製糸工場へ出稼ぎに。つらい仕事の中でも「勉強して手に職を付けなければ」と強く感じていたという。

 5年後、府内の病院へ転職。事務の仕事をしながら養成学校に通い、看護師となった。太平洋戦争後には助産師の免許も取得した。

 帰郷して結婚したが、59年に国が主導していた六ケ所村の農地開拓事業に夫が参加。石川さんも翌年、子どもを連れて移住した。

 夫と酪農業を営む傍ら、地域の助産師として村じゅうを走り回った。設備が整わない状況で、お産に立ち会うこともしばしばだった。ある妊婦が出産後、出血が止まらなくなる緊急事態に直面したことも。「近くの店から大量のアイスバーを買ってきて、おなかに当ててどうにか止血したんだ」と振り返る。

 74年、夫が病に倒れて急死。突然の訃報にも悲しむ時間はなかった。残された約300万円の借金。返済のため、野辺地町内などの病院で働いた。

 過酷な出稼ぎ労働、知らない土地への移住、夫の急死―。波瀾(はらん)万丈の人生にも「苦労はいっぱいあったなあ」と笑って話すだけ。だが、豊富な人生経験がにじむ落ち着いた物腰が、周囲の安心感につながっているのかもしれない。

 高齢者の食事や入浴などの支援をする社会福祉法人愛の園・野辺地デイサービスセンターで10年ほど、嘱託の看護師として勤務。2012年に体調を崩して退職したが、施設側に請われ、現在はボランティアとして通っている。

 17日は、利用者と同じ送迎バスに乗って施設へ。体温測定を手伝った後、利用者と会話を楽しんだ。東北町から通う女性(90)は「しゃべっていて楽しいしとても優しい人だ」と信頼を寄せる。

 施設の職員も「本当に必要な存在」と慕う。センター看護師の仁科尚子さんは「尊敬する大先輩。利用者にとっても安心できる人だと思う」と話す。

 元気の秘訣(ひけつ)は、朝食後の散歩。晴れた日は毎日約1時間、近所をのんびりと歩く。「死ぬまで介護の世話にはならない」ことが目標だ。

 活動はあと2、3年とするが、「あなたがいなきゃ駄目だって(利用者に)言われるからやめられない」。今後も周囲に元気を分けてくれそうだ。

デーリー東北新聞社

最終更新:9月19日(月)11時53分

デーリー東北新聞社