ここから本文です

横浜DeNA三浦が引退会見 背番号「18」は準永久欠番

THE PAGE 9月20日(火)17時38分配信

 横浜DeNAの三浦大輔投手兼投手コーチ(42)が20日、横浜市内のホテルで記者会見を行い、今季限りで現役を引退することを発表した。会見に同席した高田GMの説明によると、三浦は16日の阪神戦(甲子園)で先発4回3分の1を投げて2失点で負け投手となったが、試合後、ホテルで池田社長、高田GM、ラミレス監督と4者で会談の席を持ち、三浦が今季限りでの引退を申し出た。高田GMは「チームにとっては柱を失う、大きな痛手だが、悩んで、いろんな方に相談をして出した決断。了承するしかなかった」という。

 また球団は三浦の功績に敬意を表して背番号「18」を「横浜ナンバー」と名づけて準永久欠番とすることを決定した。プレー、振る舞いともにチームを牽引する、チームの象徴となるべき存在がつける番号として定義。今後は、後継者となるべき選手が出てくるまで欠番として、適任者が現れた場合、球団と三浦が協議の上、継承することになる。

 三浦は、この日の引退会見で、「96年頃から球団につけさせてくれと伝えた番号。98年から、横浜のエースを18にすると思ってつけさせてもらいました。背番号の重みをわかってもらえる選手に、つけてもらいたいですね」と、“横浜ナンバー”についての思いを語った。

 三浦は1991年に奈良の高田商業高からドラフト6位で横浜大洋ホエールズに入団(1位は東北福祉大から斉藤隆)。最初の背番号は「46」だった。エースとしてリーグ優勝を経験した1998年から背番号「18」に変更、プロ14年目の2005年に初のタイトルとなる最優秀防御率、最多奪三振を獲得した。横浜ベイスターズ、横浜DeNAベイスターズと、経営母体が変わっても、横浜一筋を貫き、プロ25年間で534試合に登板、通算172勝183敗、平均防御率は3.58。23年連続勝利は、プロ野球タイ記録で、7月11日の中日戦で記録した24年連続安打は世界記録としてギネス認定された。

 “引退試合”として24日に本拠地で行われる巨人戦に先発する予定で、そこで工藤公康、山本昌と並んでいるタイ記録から抜け出す24年連続勝利記録へ挑戦することになる。
 
 以下は、引退会見での主な一門一答


ーー引退を決断した理由は?

「勝てなくなったから。引退という文字は数年前からあった、もっとできる、まだ勝てる、と思ってプレーを続けてきたが、先発で勝てなくなったら、やめる、と決めていた。7月(先発した中日戦)に打たれて、8月まで声がかからず、そこまでに気持ちは固まっていた。ただ9月の頭に甲子園での先発を言われたので、真剣に勝負したかったので、まだ(球団には)伝えないでおこうと考えていた。勝とうが、負けようが、今シーズン限り。言いたいけど言えない、モヤモヤはあった」

ーー家族への相談は?

「家族にも話をしたが、女房も子供も残念がっていた。まだできると。でもプロの世界は厳しい。最終的には自分で決めた」

ーーチームメイトには?

「昨日の試合後に、ナインに伝えた。(引退)会見前にみんなに言いたかった。CSが決まってほっとして喜んでいるロッカーで言うにも、どうかなと思ったが、伝えられてよかった。ただ、途中から自分でも何を言っているか分からなくなった(笑)。本当ですか? やめないでください、と言われて、それはそれで嬉しかった」
   

1/3ページ

最終更新:9月20日(火)18時0分

THE PAGE

スポーツナビ 野球情報

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

暗闇で光るサメと驚くほど美しい海洋生物たち
波のほんの数メートル下で、海洋生物学者であり、ナショナルジオグラフィックのエクスプローラーかつ写真家のデビッド・グルーバーは、素晴らしいものを発見しました。海の薄暗い青い光の中で様々な色の蛍光を発する驚くべき新しい海洋生物たちです。彼と一緒に生体蛍光のサメ、タツノオトシゴ、ウミガメ、その他の海洋生物を探し求める旅に出て、この光る生物たちがどのように私たちの脳への新たな理解を明らかにしたのかを探りましょう。[new]