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車いすラグビー日本、初の銅!エース池崎「東京で金」/パラ大会

サンケイスポーツ 9月20日(火)7時0分配信

 リオデジャネイロ・パラリンピック最終日(18日)世界ランキング3位の日本は3位決定戦で同4位のカナダに52-50で競り勝った。4度目の出場で初のメダルとなる銅を獲得した。夜にはマラカナン競技場で閉会式が行われ、南米初開催だった障害者スポーツ最大の祭典が閉幕。日本選手団のメダルは銀10、銅14の計24で前回ロンドン大会の16を上回ったが、10を目指した金メダルは初参加した1964年東京大会以来初のゼロ。2020年東京大会へ、収穫とともに課題が残った。

 エースの目から涙があふれた。試合終了のブザーが鳴ると、日本代表の選手たちが抱き合った。その中心に池崎がいた。

 「4年間の思いがつまった試合だった」

 気迫を前面に出し、前からの積極的な守備でボールを奪った。司令塔で主将の池透暢(ゆきのぶ、36)とともに得点を重ね、52得点のうちチーム最多の19得点。エースの役割を果たし、車いすラグビー発祥国のカナダを破った。

 6歳で全身の筋肉が衰えていく遺伝性末端神経障害のシャルコー・マリー・トゥース病を発症した。歩行も困難になり、高校2年から車いすバスケットボールを始める。だが、握力も低下し、プレーが難しくなった。悩んでいた時、四肢に障害のある選手の競技と聞き、車いすラグビーに30歳で転向した。

 転向から2年で代表入りし、2012年ロンドン大会は4位。力をつけるために無給で米国、カナダ、豪州のクラブチームに武者修行。経験を積んできた。タックルで当たり負けしない強さを身につけるため、走り込みや筋力強化に1日7時間を費やした。

 日本の全272得点のうち107得点を稼ぎ、今大会の得点ランクは5位(1位はカナダのマデル=172得点)。今や、世界屈指のポイントゲッターだ。

 実力アップに比例するよう個人遠征や代表合宿で家族と離れる時間は増えた。だが、札幌市内の自宅で長女・ななちゃん(4)、長男・一(はじめ)くん(2)と過ごすつかの間の休息が、何よりの癒やしだった。

 「東京では、『今度こそ金メダル』と思ってもらえる日本代表になりたい」。気持ちは早くも4年後の母国大会へ。新たな歴史を刻む立役者となった池崎の闘志はさらに高まった。

最終更新:9月20日(火)7時0分

サンケイスポーツ

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。