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土田 1秒差で金届かず…史上初の金メダル「0」終幕

スポニチアネックス 9月20日(火)7時1分配信

 ◇リオデジャネイロ・パラリンピック最終日女子マラソン(車いす)(2016年9月18日)

 リオデジャネイロ・パラリンピックは18日、マラカナン競技場で閉会式が行われ、南米初開催の障がい者スポーツの祭典が閉幕した。女子マラソン(車いす)で金メダルが期待された土田和歌子(41=八千代工業)は4位に終わった。日本はメダルが銀10、銅14の計24個で前回12年ロンドン大会の16個を上回ったが、10個を目指した金メダルは初参加した64年東京大会以来初のゼロに終わり、次回20年東京大会に向け、課題を残した。

 8人の先頭集団でけん制し合ったレースは残り2キロを切ってからが勝負だった。各選手が次々と仕掛ける中、土田は冷静に対応した。残り1キロでは土田も前に出た。だが、抜け出すことはできなかった。残り100メートルでは3番手につけて前をうかがっていたが、左側から猛然とまくってきた中国選手に抜かれてフィニッシュ。4位。トップとはわずか1秒差だった。

 5000メートルでは04年アテネ大会金、マラソンでは00年シドニー銅、04年アテネ銀。「手に入れていないものがある」とマラソンの金メダルだけを追いかけてきた。日本選手団としては今大会最後の種目で金メダルで締めくくるチャンスでもあったが有力種目で僅差に泣いてきた今大会の日本選手を象徴するかのような幕切れだった。土田は「本当に、私、金メダル獲りたかったんですけどねぇ。残念です」と声を上ずらせて悔しがった。

 アイススレッジスピードレースで出場した冬季2大会を合わせて計7度目の大舞台。5000メートルの事故で肋骨を骨折してスタートラインに立てなかった08年北京大会、転倒して5位に終わった12年ロンドン大会とは違って、完全燃焼はできた。「自分の力を出し切った42・195キロ。本当に悔いはないです」とすがすがしい表情で語った。今後の競技生活については「気持ちの整理がまだ付かない。じっくり考えたい」と話すにとどめた。

 金メダルなしに終わった日本。土田は「競技レベルが上がっている。この先も高い記録が求められる。日本はどう強化するか、凄く大事」と率直な思いを口にした。世界は進化を続けている。対する日本は十分な練習環境が整わないなど課題は少なくない。自身のパフォーマンスと結果には納得したものの、日本パラリンピック界の第一人者が危機感を感じずにはいられない12日間だった。

 ◆土田 和歌子(つちだ・わかこ)1974年(昭49)10月15日、東京都生まれの41歳。高校2年で交通事故に遭い、下半身が不自由になる。94年リレハンメル、98年長野、両冬季パラリンピック出場。夏季大会は00年シドニーから5大会連続出場。1メートル60、45キロ。

最終更新:9月20日(火)9時19分

スポニチアネックス

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