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トヨタの“オカルト”チューニング

ITmedia ビジネスオンライン 9/20(火) 7:16配信

 トヨタの広報から連絡をもらったとき、気が重くなった。86のビッグマイナーチェンジである。

【フロントウィンドー両サイド下端に貼られる小さなアルミテープ】

 デビュー直後のモデルに乗ったとき、正直なところ感心できなかった。とはいえ、長らく絶えて久しかったスポーツ系モデルを作って売っていることは評価したくもある。スポーツモデルの廃絶に荷担するのは本意ではないからだ。

 しかし、試乗してみてダメだったときどうしたものか。そして記憶の中にあるデビュー直後のあの86が、褒められるほど良くなるとは思えなかった。トヨタの継続の意思が固ければ、心置きなくダメ出しができるが、「やっぱりスポーツ系車種なんて作るんじゃなかった」とばかりに後継モデルなしで生産中止となったりしたら、書き手として心が痛む。トヨタに対してではない。スポーツモデルを心待ちにしているユーザーに対してである。

 そしてもう1つ、トヨタの広報が言うのだ。「今回の試乗会では、空力効果を改善するアルミテープも体験していただきたいのです。ボディに貼るだけで空力が改善します」。絶句した。どう聞いてもオカルトである。

 世の中には疑似科学で効能をうたう怪しい商品があり、その多くは効能がウソか大げさなものだ。最悪の場合、害のあるものもある。古くからあるもので言えば、ホメオパシーであり、ここ最近の例で言えば、水素水や空間除菌剤であり、まん延している例で言えば、血液型分類であり、ビジネスとして定着しているもので言えば、家電業界のイオン効果のようなものだ。よもやトヨタがと思わないではないが、シャープのプラズマクラスター、パナソニックのナノイーあたりの例を考えると油断はできない。非科学的な原稿は書きたくない。

 試乗会そのものには行くと返事をした。大幅改良したという86も、アルミテープも、この目で見て走って確かめないで、ダメと決めつけるわけにはいかない。

●科学かオカルトか?

 まずはアルミテープの話を聞いた。トヨタのエンジニアが説明してくれた端的な事実から。トヨタはこのアルミテープについて特許を取得した。特許の取得が固まったので、86のマイナーチェンジと一緒に詳細説明の場を設けることにした。しかし、生産車への採用はノア/ヴォクシーとプロボックス/サクシードから既に始まっている。特許申請中であったので、これまでは一切の宣伝をしてこなかったのだ。

 どんよりした気持ちがその説明で、ちょっと変わった。スポーツ系のクルマの場合、多少オカルトであっても性能が上がると言われればユーザーは夢を見られる。ストーリーも性能の一部なのだ。だからオカルトパーツとスポーツモデルは相性が良い。しかしこれがプロボックス/サクシードのような商用車となれば、ごちゃごちゃ言ってないで1円でも安くしろというのがマーケットの意向だ。つまりプロボックス/サクシードには効果がないオカルトパーツを採用する理由がない。

 さらに言えば、オカルトパーツは効果があるという説明があってこそプラシーボ(暗示)効果を発揮するのであって、黙っていては暗示が効かない。状況証拠でしかないが、少なくともトヨタはこのアルミテープにプラシーボでない商品力があると自信を持っていることになる。

 さて、それからが大変だった。トヨタはマイナーチェンジ後の86を「86KOUKI」と呼ぶのだそうだが、そのKOUKIにはアルミステッカーが既にライン装着されている。だからテープの有るなしによる実験は、ZENKI(とはトヨタは言っていないが)に乗るしかない。試乗するクルマの助手席にトヨタのエンジニアが乗り、プラスチック製のステアリングコラムカバーにステッカーを貼ったり剥がしたりする。そんな金属部品ですらないところに貼ること自体がいよいよ怪しい。

 ところが、困ったことにステッカーを貼るとハンドリングが変わるのだ。不感帯が減ってハンドリングがシュアになる。参った。何度かそれを繰り返した後、今度は前後バンパーとフロントウィンドーにもステッカーを貼り、さあ乗ってみろと言われる。これがまたいろいろと変わる。それまでは路面の不整を越えた後でタイヤが踊っている感覚があったのが大分緩和され、全体にだらしない印象だったものがグッと締まった。

 大変な経験をしてしまった。これについてのトヨタ側からの説明が科学的でなかったら一体どうやって原稿を書けばいいのだろうか?

●静電気と空気の流れ

 さて、このステッカーが一体何なのかと言えば、ボディに帯電した静電気を空気中に逃がすものだという。「実は飛行機でも静電気のコントロールはやっています。翼の後ろにある針のような形状の部品があるのですが、そこから空中に放電しています」。調べて見るとこれを放電索と言うのだそうだ。

 エンジニアは風洞実験の動画を見せてくれた。気流の中に煙を流し、流れの中に置いた板を耐電させると、それまで板に沿ってキレイに流れていた煙が剥離を起こして板の表面から離れる。

 走行中のクルマはタイヤの摩擦やエンジン各部の摺動で発生した静電気の巣窟なのだそうだ。静止状態のクルマは場所によって100〜200Vの静電気を帯びている。これが走行中には450〜4500Vに跳ね上がる。クルマが帯びる電荷はプラスで、対して空気の方もプラス。だから反発して流れを剥がす方向にクーロン力が働くのだという。

 一応理屈はあるようだが、納得するまではいかない。クーロン力と言えば、クルマの世界では「厳密に言えばクーロン力も発生するが、微弱なのでこの場合無視する」という扱われ方がほとんどだ。その程度の力で本当にハンドリングに影響が出るものだろうか? エンジニアは「直進性能、ハンドリング性能と言った外乱安定性など繰安基本性能をバランス良く引き上げます」と言うが、そんな万能薬みたいな説明をされるといよいよ疑わしい。しかし困ったことに効果は体感してしまった。

 「納得できない」と言いつつ、いくつもの質問を重ねて得た説明はこういうことだ。これまでクルマを作ってくる中で、実物大のクレイモデルを使って煮詰めた空力性能が、いざ実車になってみると実験結果と全然合わないことがままあったのだそうだ。もちろん計測してみて、実車の寸法や形状がおかしいわけではない。いくら何でもこの時代に生産誤差がそんなにあるわけはない。

 いろいろと調べていくと、どうもこれは静電気のせいではないかという結論に達したのだという。例えば、ヘッドランプのオンオフで空力特性が変わったりする。もちろんリトラクタブルライトではない。外形に一切の変化を起こさない普通のヘッドランプだ。前述のタイヤ由来、エンジン由来以外に、電装品由来の静電気も影響が大きく、そこで静電気に目星をつけたらしい。実際、2000Vくらいの静電気が帯電すると、空力的に一生懸命突き詰めた部品形状が、ほとんど無意味になるほど空力性能を乱されるのだと言う。

●魔球ナックルボール

 これらの話を聞いて、筆者が想像したのはナックルボールだ。魔球中の魔球で、単に曲がるとか落ちるとかでなく、ゆらゆらと曲がって行き先が定まらない。下手なキャッチャーだと捕球することすら難しい球だ。

 ナックルボールとは一体何かと言えば、無回転球なのだ。ボールはほぼ回らない。とはいえ、人間が投げるのだからもちろん完全には止まらない。ストレートと比べれば極めてゆっくりだがボールは回転している。ボールが空気中を進むとき、微小な速度で回ると前方投影面積に影響を与える場所に時折縫い目が現れて気流を乱す。この縫い目が前方から見て均等なら良いが、野球のボールは不均等に縫い目が存在する。すると乱れた方の気流が遅くなって、速い側に引っ張られる。その結果、ボールの遅い回転に合わせて縫い目の出現位置が変わり、右へゆらゆら左へゆらゆら、挙げ句に落ちたりもする。興味があったらYouTubeあたりで一度検索してみてほしい。とんでもない動きをする。

 クルマのボディは言うまでもないが無回転だ。空気との兼ね合いはナックルボール同様、非常に不安定な状態にあると言って良い。そこへあちこちで静電気が起き、帯電電圧が時々刻々と変わって空力性能をランダムに乱す。元が安定的な状態であれば微弱な力の作用は受けないだろうが、不安定であれば話は別だ。ボールがわずかな縫い目の抵抗程度で影響を受けるように、静電気のクーロン力でクルマの動きがナーバスになっても不思議はない。トヨタのエンジニアは「そうです。そうです」と嬉しそうに言っていたので解釈は間違っていないはずだ。

 つまり静電気は極めて不規則にクルマの空力をかき乱し、右へ左へとクルマを引っ張って邪魔をしていることになる。

 となれば、静電気をうまく大気中に放電させてやれば、空力性能が向上する。問題は静電気が溜まっている場所だ。発生場所に近いところから放電させなくてはならない。そこで効いてくるのがタイヤだ。タイヤは摩擦による静電気の大きな発生源である。本来ここにアルミテープを貼りたいが、相手はゴムで変形する上、泥や水などの環境が厳しくステッカーを貼るのは難しい。となれば、ステアリング系のどこかから放電させてやれば良いのだということで、ステアリングコラムカバーから放電させているのだという。

 「導通材じゃなくてに大丈夫なのか?」という筆者の問いに対して「静電気ですから絶縁体でも帯電します。確かにタイヤに貼るのがベストですが、コラムカバーでもタイヤに貼った場合の70%程度の効果は発揮します」。言われてみれば、そもそもタイヤはゴムだから一般的には絶縁体だ。カーボンが添加されている分多少の導通はあるにせよ、金属とは桁が違う。

 さてこのアルミテープは3Mとの共同開発で、糊の部分に導通性の高い素材を使い、切れ目を入れて放電し易い角を作っただけで、基本的にはタダのアルミだと言う。放電させる際は、気流の量や速さへの依存はないので、今回の写真に写っているように外側から見える場所である必要はない。

 ただし、密閉されていてはダメだという。確かに密閉空間だと空間そのものがコンデンサーになってしまって飽和する。だから多少なりとも空気の出入りは欲しいそうで、それはクルマの室内程度で十分なのだそうだ。依存性があるのは湿度で40%が分岐点となり、高い方が有利だと言う。ただし、それ以下だからと言って機能が落ちるほどの落差はないのだそうだ。

 このアルミテープについてはまだまだ開発余地があるそうで、何よりもまず動的な状態での静電気の測定方法が確立されていない。言われて見れば当たり前だが、テスターを当てれば、導通してしまい静電気は消えてしまう。刻々と変化する動的な静電気の状態をリアルタイムでモニタリングできればまだまだ研究は進むだろう。

●86KOUKIは良くなった

 さて、最後に86KOUKIの話を書いておこう。正直前期型と比べると、びっくりするほど良くなった。筆者は86については基本的な成り立ちから言って改善の見込みなしと考えていた。なぜならば86のシャシーの大元はインプレッサであり、基礎構造はFFを前提としたシャシーだからだ。AWDが念頭にあっての設計とはいえ、そう簡単にボディが補強できたら苦労はない。素養としてFFのシャシーに後天的に手を加えてリヤの駆動力をきっちり受け止めさせるのは構造的に無理だと考えていたのだ。

 しかし、86KOUKIは、大幅な進化を遂げていた。技術的には、リヤホイールハウス外側に補強材のアウターリーンフォースメントを追加し、リヤピラーにスポット打点を増し打ちしている。信じがたいことに眠たげだったクルマの動きがずいぶんとしっかりした。ボディもアシも締め上げた感じがする。固める締めるという手法は、どちらかと言えばアフターマケットのやり方で、メーカーのブラッシュアップとしては見識が高いとは言えないが、少なくとも眠たいくせにバタバタしているよりはずっと良い。クルマ自体がより真っ直ぐ走るようになったし、微舵角に対する反応も不感帯が適度に減って素直になった。一般道の試乗なので高負荷域でどうなるかは分からないが、少なくとも法定速度内でマニュアルトランスミッションを楽しむものとしては悪くない。

 さらにエンジンも結構違う。低回転域からハーフスロットルにしたときのリニアリティが向上した。エンジニアに聞いてみると、パーシャルの領域でのエンジン制御を重視するよう見直したのだと言う。

 エンジンにしろステアリングにしろ、86は大入力ばかりを重視するような子どもっぽいところが見受けられたのだが、今回そういうダイナミックレンジの大きさだけでなく、解像度を上げる方向での見直しがいろいろと行われたようである。だいぶ大人になった。トヨタが標榜する「もっといいクルマ」というコンセプトにそれは合致している。前期の86を買おうか迷っている人がいたら引き留めていたと思うが、後期に関しては止め立てする理由はなくなった。

 最後に、オカルトな話をして締めたい。今回アルミテープを貼ってテストした前期型の86は、前述の通り眠たいクルマだったが、フル装備でテープを貼ると、86KOUKIにかなり近づいた。同乗していた空力担当エンジニアにそう言うと「おっしゃる通りなんです」と言ってニヤリと笑った。それが本当だと、コストを掛けて改良したリヤ構造の強化は一体何なのだろうか……?

(池田直渡)

最終更新:9/20(火) 7:16

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