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「脱・産みの苦しみ出産社会」を目指して-少子化社会データ再考:国際的に見た女性活躍と脱少子化に不利な日本のある特徴とは-

ZUU online 9月20日(火)19時50分配信

■要旨

医療関係者はさておき一般的には、日本が国際的に見て「出産に関して非常にユニークさをもった先進国」であることはあまり知られていないかもしれない。

そして、そのユニークさがこれからの日本の女性活躍推進や脱・少子化に暗い影を落としかねないことも強く認識はされていないように思われる。

本稿では、この日本の出産におけるユニークな特徴を国際比較ならびに国内データを検証することにより明らかにし、その「壁の高さ」を指摘する。また、今後どのような方向性が望まれるかについて、あくまでも脱・少子化を担う「消費者(出産する者)の立場」から、考えを示している。

日本において、
 1人でも多くの母親が笑顔の育児ライフのスタートをきることが出来るような、
そして、
 1人でも多くのベビーが満面の母の笑顔に1日でも早く触れることができるような、
そんな社会作りへの考察の一助となれば幸いである。

■はじめに

産科医療の世界ではよく知られていることであるが、一般的には日本が出産に関して国際的に見て非常にユニークさをもった先進国であることはあまり知られていないように思う。

そしてそのユニークさがこれからの日本の女性活躍推進や脱・少子化に暗い影を落としかねないことも知られてはいないだろう。

本稿では、この日本の出産におけるユニークな特徴をデータでみることにより、その「壁の高さ」を指摘する。また、今後どのような方向性が望まれるかについて、あくまでも脱・少子化を担う「消費者(出産する者)の立場」から、考えを示してみたい。

■他の先進国から見た日本のお産に関する「不思議データ」

痛みを伴わない出産は出産ではないという固定観念なのか、無痛で出産できるなどということには関心がない社会なのか、無痛分娩=麻酔=危険という概念が強い社会なのか、いずれにしても、日本は無痛分娩が極端に選ばれない国であることがデータから明らかとなっている。

日本産科麻酔学会が公表している2007年度厚生労働省研究助成調査結果を見ると、日本の硬膜外無痛分娩率(硬膜外無痛分娩:下半身の痛みだけを取り除く麻酔であり、現在世界で主流となっている無痛分娩法)は全分娩の2.6%である。

国際的に見るとこの2.6%という数値は極めて低い数値であり、「日本は先進国の中では無痛分娩比率の極めて低い国である」といえる。アメリカやフランスは無痛分娩が「普通の分娩」の国となっている。

同学会の公表数値によれば、アメリカで2008年に硬膜外鎮痛や脊髄くも膜下鎮痛を受けた女性は、帝王切開以外の分娩をした女性の約61%、フランスの2010年の調査では、帝王切開以外の分娩の約80%もの女性が硬膜外鎮痛や脊髄くも膜下鎮痛による無痛分娩をしたとされる。

フランス人のお産といえば、筆者がある日本の経済雑誌を読んでいる時に目にした、フランスのフィガロ紙の記者であり、在日フランス商工会議所機関誌フランシス・ジャポン・エコー編集長レジス・アルノー氏の昨年の記事(*2)を思い出す。

彼によれば、「苦しまなければ『よい母親』になれないという迷信をフランスの女性たちはお払い箱にした。これには政治家もひと役買った。」そうで、「女性に敬意を払い」現在のフランスでは、無痛分娩の費用も全額社会保障となっている。その効果として、無痛分娩比率が8割を超えているとの見解である。

お産を控えた彼の妻が、居住地の東京では利用可能な無痛分娩施設の空きがなく、結局「長時間かけて通院し、病院に着いてからも長いこと待たされた」様子をみて、「フランスの妊婦には当たり前のことが彼女(妻)にとっては当たり前でなくなっている状況は、見ていてつらかった。」と日本における妻の出産の思い出を痛ましく振り返っている。

彼は、ひどい痛みを伴うことがわかりきっている女性の出産に対し、どうしてこんなにも日本の施設が無痛分娩対応していないのか疑問に思い、「日本の政治家も有権者の半分を占める女性たちへの気配りを見せてはどうだろう」、と記事をしめくくっている。

無痛分娩がアメリカやフランスのように多数派ではないものの、イギリスでは全分娩中の23%(2006年)、ドイツでは全分娩中18%(2002-3年)、ノルウェーでは全分娩中26%(2005年)が無痛分娩による出産となっている。いずれにしても日本での無痛分娩のマイナーさが際立っていることがわかる。

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(*1)日本産科麻酔学会の参考文献一覧は以下の通り。
 (日本) 照井克生.全国の分娩取り扱い施設における麻酔科診療実態調査.厚生労働省科学研究費補助金子ども家庭総合研究事業.2008
 (アメリカ) Osterman et al. Epidural and spinal anesthesia use during labor: 27-state reporting area, 2008.Center for Diseases Control and Prevention. National vital statistics and report. 59,2011
 (フランス)フランス国立保健医学研究機構HP
 (イギリス)The National Obstetric Anaesthesia Database (NOAD) Report. Data for 2006.
 (ドイツ) Meuser et al. Schmerz. 22:184-190,2008
 (ノルウェー) Tveit et al. Acta Anaesthesiol Scand. 53:794-799,2009
(*2)レジス・アルノー.“少子化対策のヒントは出産天国フランスにあり".Newsweek,2012,8 月15 日&22 日号
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■産みの苦しみをもたらす分布状況

無痛分娩は麻酔を使用するため、危険であるから大学病院のほうが普及しているのでは、とユーザー目線では考えがちである。しかし、日本では規模の小さい医療施設である診療所のほうが病院よりもなぜか無痛分娩実施施設割合が高くなっている。

日本産科麻酔学会の公表値によれば、診療所における割合は3.3%、病院では1.8%と、むしろ病院の方が無痛分娩に対応していない、といえる。

在日フランス人ジャーナリストが無痛分娩クリニックを探すのに苦戦したという話を紹介したが、では一体、どれくらいの無痛分娩施設が日本にはあるのだろうか。

日本産科麻酔学会会員の所属する施設の中で、硬膜外鎮痛または脊髄くも膜下麻酔硬膜外鎮痛併用法(CSE)による無痛分娩を行っている施設一覧が同学会のホームページに掲載されている。

最新のものは2015年10月のデータ(つまり、2016年今現在稼動しているかは不明)とのことであるが、筆者がリストからエリアごとに集計してみたところでは、全国で149施設あり、エリアごとにみた状況は、最大都市の東京だけを見ても18施設にとどまり、特に人口が集中する特別区23区に1施設ずつもない計算となる状況であることがわかる。

また47都道府県中、39都道府県にしか無痛分娩施設がない。8県(新潟、山梨、福井、岐阜、鳥取、高知、宮崎、長崎)には2015年10月の同学会のデータでは無痛分娩施設がゼロという状況である。このことは、女性活躍推進・地域創生の諸策を考える上で、問題視すべきことではないかと感じている。

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(*3)日本産科麻酔学会の参考文献一覧は以下の通り。
 (日本) 照井克生.全国の分娩取り扱い施設における麻酔科診療実態調査.
 厚生労働省科学研究費補助金子ども家庭総合研究事業.2008
 (アメリカ) Osterman et al. Epidural and spinal anesthesia use during labor: 27-state reporting area, 2008.Center for  Diseases Control and Prevention. National vital statistics and report. 59,2011
 (フランス)フランス国立保健医学研究機構HP
 (イギリス)The National Obstetric Anaesthesia Database (NOAD) Report. Data for 2006.
 (ドイツ) Meuser et al. Schmerz. 22:184-190,2008
 (ノルウェー) Tveit et al. Acta Anaesthesiol Scand. 53:794-799,2009
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■脱・少子化と女性活躍を推進する上で、看過しがたい事案

◆少子化対策としての効果

妊娠・出産の大変さは個人差が大きく、産科施設ユーザーである女性にとっては様々な出産スタイルが選択できるほうが、より不安や苦痛なくお産に臨めることは言うまでもない。

ましてや無痛分娩は、北里大学病院麻酔科 奥富俊之診療教授によれば、「産後の回復が早く、高齢出産のリスク軽減といったメリットが大きい」分娩方法であるという。ちなみに、北里大学病院(神奈川県)では、年間約1千件の分娩のうち、帝王切開を除く7割前後が無痛分娩(*4)となっているとのことである。

日本では女性の晩産化が着々と進んでいる。

つまり、高齢出産割合増加の可能性が指摘できる。80年代の女性は、平均26歳で第一子を出産していた。しかし、それが現在では31歳に迫る勢いである。

このことの影響(「第一子出産年齢上昇はそんなに問題なのか? - データでみる少子化との関係性 ?」参照)についての話は今回おいておくとして、そうであるならば、高齢出産のリスク軽減メリットのある無痛分娩の普及がこれまで以上に検討されることが期待される。高齢出産リスクから出産を断念、ためらっていたケースなどの一部にでは、無痛分娩の普及によって医師との相談により、出産決意につながるケースも出てくるだろう。

このようなケースも含め、無痛分娩の普及は女性の出産に対する痛みにまつわるネガティブ・イメージを緩和し、出産意欲を向上させることによって少子化対策にも貢献するのではないかと考える。

◆女性活躍推進策としての効果

無痛分娩の普及は、単に少子化対策としてだけでなく、女性活躍にも効果があると思われる。

産後の回復の早さがメリットである無痛分娩は、より早期に職場復帰を望む女性にとって追い風となる。また、女性が育児休業期間を決める際に、キャリアの断絶や職場でのいづらさ、部署変更にならない程度の期間で復帰、などを気にして決めているケースもあり、職場での周囲との調和重視派女性に対しても十分、無痛分娩は選択する価値がありそうである。

では、一体どれくらいの期間、働く女性が育児休業を取得しているのかをみてみることにする。

図表からは意外に早期に復帰をしている女性が多いということがわかる。

日本は先進国には珍しく、子育て期の30代女性の労働力率が20代や40代の女性よりも低くなる女性労働力率のM字カーブが残っている。ちなみに、労働力率の谷底となる30代女性の労働力率は2014年で71%(*5)である。このようなM字カーブを生み出す、すなわち、女性が出産を機に就業継続を断念する理由の一つに、「資生堂ショック」に代表されるコンフリクト問題がある。

資生堂ショックは、育児休業取得者ではなく、育児中の制限勤務者と通常勤務者とのコンフリクトから発生したものであった。しかし資生堂ショックに限らず、一般的に、育児支援関連制度利用者と、制度利用対象とならない独身または子育て期にあたらない従業員との間のコンフリクト問題が存在する。育児支援制度利用者の業務のしわ寄せが他の従業員の不満を引き起こす、というコンフリクトである。

育児休業期間に対する要望は様々である。先進国の中で女性活躍も出生率も高い数値をキープしているフランスにおいても、当然のことながら3ヶ月で復帰する女性から3年間育児休業を取得する女性まで存在し、多様な休業期間の選択がおこなわれている。

にもかかわらず、今までの日本の子育て支援策は「少しでも長く育児休業を取得したい人はどうしたらよいか」という視点からの政策に主眼が置かれてきた。

これは子育て期間を長く取得したい女性にとって大変望ましい動きである。しかし、ここで筆者が指摘したいのは、その一方で「早期復帰したくても産後の回復が遅れて希望通りにはいかない」女性を減らす政策も、女性活躍推進・子育て支援として大切な政策の一つなのではないか、ということである。

育児休業取得期間について興味深いベルギーのデータがある。

ベルギーは、世銀レポートによれば2015年合計特殊出生率が1.82と、現在の日本が目指している出生率1.8を2005年以降達成し続けている国である。このベルギーでは、産休後(*6)に取得可能な育児支援のための勤務(完全休業または短時間勤務併用)のタイプが3タイプもある。

そしてこのタイプの中でベルギーの女性に最も選択されているのは「タイプ2」である(中島2012)。

1日の勤務時間を1/5にして1年3ヶ月の短時間勤務で育児を優先する方法もあるが、半年でのフルタイム復帰が一番選択されている、というデータは「3歳児信仰」「母性信仰」などと呼ばれているわが国の育児にまつわる諸々の概念と相反するものとなっている。

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(*5)総務省統計局「労働力調査(長期時系列)」
(*6)母親休暇:産前6週間、産後9週間は就労が禁止されている。日本の産休制度にあたる。
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■笑顔の出産、そして笑顔の育児社会の実現を

データから見ると国際的には一見「産みの苦しみを放置している社会」に見える日本社会の無痛分娩施設不足の背景には、以下の要因があるようである。

まず無痛分娩サービスの供給サイドであるが、複数の医師(産科医師、女性外来医師、麻酔医)へのインタビューによれば、

 (1) 麻酔医不足
 (2) 医療の世界における産科麻酔医のブランドの低さ
 (3) コストパフォーマンスの悪さ

等があるという。

また、需要(無痛分娩希望者)サイドであるが出産・育児雑誌等に寄せられる意見から見れば、

 (1) 希望しても施設の空きがなかった
 (2) 妊婦本人は希望しているが身内に、陣痛は当たり前などと反対された
 (3) 無痛分娩費用がかかる(日本産科麻酔学会によれば、個人施設で0~5万円、一般総合病院で3~10万円、大学病院で1~16万円)

等が主な理由となって<需要の潜在化>が生じているようである。

医療サービス供給サイドの事情は当然あるだろう。しかし、他の先進国の無痛分娩率の高さを見る限り、供給サイドの問題は何かしら解決方法があるはずである。

また、女性活躍が日本より進む世界の先進諸国の水準を見る限り、日本においても女性の無痛分娩へのニーズは現在の実施数の10倍程度はあるのではないかと考えられる。

実際、民間アンケート調査においても無痛分娩は実に8割を超える支持のある分娩法であり、そのニーズの高さがうかがえる。

残念ながら、このマイナビ調査によると、「反対派の多くは男性。『自然でないから』や『痛みを知ってこそ母親になれる』といった意見が男性から出ていたのが特徴的だった。」そうである。どれも実際に産む立場にないからこそでてくる意見であるように見える。

子育ては男女ともおこなうことが可能であるが、出産だけは女性にしか取り組むことが出来ない。それだけに、「本気の女性活躍推進」というならば、海外から見るとやや異常ともいえる日本における「産みの苦しみ放置社会」とも言える状況を何とかするべきではないだろうか。

子どもにとって、親がどれだけの期間どうしてくれるのか、といった条件よりも、側にいるときは満面の笑顔で、心身にゆとりをもって接してくれる、そのことの方がはるかに幸福なのではないか、筆者にはそう思えてならない。

天野馨南子(あまのかなこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 研究員

最終更新:9月20日(火)19時50分

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