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【先駆者・二ノ宮調教師 凱旋門賞見仏録】<中>10年ナカヤマフェスタも2着「まだ何かが足りなかった」

スポーツ報知 9月21日(水)6時7分配信

 「チームエルコンドルパサー」のメンバーの多くが「チームすみれの花」(注)として、2010、11年の凱旋門賞に挑んだナカヤマフェスタのもとに再び集結した。「実際に経験したことで、フェスタのときはスタッフもだいぶ楽だった」と調教師の二ノ宮は当時を振り返った。

 馬だけでなく、人も現地の雰囲気に慣れ、冷静さを保つことが重要だった。現地に滞在するスタッフが寝泊まりする、調教場に隣接する騎手学生用の寮には、トイレに便座がない。「みんな向こうで“マイ便座”を購入して持って行ったよ(笑い)」。そんなささいなことも経験の積み重ねだった。

 このスタッフを親身になってバックアップしたのがトニー・クラウト厩舎だった。11年ぶりに訪れると、エルコンドルパサーと同じ馬房を用意。併せ馬の際の誘導役や馬運車の帯同馬も準備してくれた。「本当にトニーがよくしてくれた。馬場を逆走させてくれたり、向こうの人しか知らない調教のやり方も教えてくれた」。国は違っても、同じホースマン。このサポートがいつもチームを勇気づけた。

 エルコンドルパサーのあとも日本馬が続いて参戦したが、06年に歴代最強馬といわれたディープインパクトですら3位入線(その後失格)。日本競馬の悲願が再び遠く感じられたなか、ナカヤマフェスタは10年にフォワ賞2着後に凱旋門賞に挑んで2着。英ダービー馬ワークフォースと頭差の大接戦を繰り広げた。

 積み重ねた経験と深めた絆はあったが、あと一歩及ばなかった。「2着ということはまだ何かが足りなかったということだと思う」と二ノ宮は前を向いた。壁が高くても、挑戦し続ける心は日本のホースマンに根づいていた。(川上 大志)=敬称略=

 (注)和泉信一オーナーの亡くなった娘の信子さん(ナカヤマフェスタの先代のオーナー)が「宝塚歌劇団」を愛していたことからチーム名として名付けられた。

最終更新:9月21日(水)6時7分

スポーツ報知

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