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PL元監督・中村順司さん、指導の理念は「球道即人道」…グラウンドは人生の縮図

産経新聞 9月20日(火)17時0分配信

 【話の肖像画】PL学園野球部元監督・中村順司さん

 子供の頃は、遊びといえば野球しかなかった。私は仰木彬さん(元西鉄で近鉄、オリックスで監督を歴任、平成17年死去)と同じ福岡県中間市出身で、昭和31年から3年連続日本一を達成した西鉄ライオンズに熱狂しました。

 小学校の卒業文集に「プロ野球選手になりたい」と夢をつづり、中学のときには浪商(大阪、現・大体大浪商)の尾崎行雄さん(元東映、平成25年死去)が甲子園で力投する姿をテレビで見て感動しました。PL学園に進学したのは、あの浪商と同じ大阪の高校であればレベルの高い野球ができると思ったからです。

 〈PL学園2年だった昭和38年春の甲子園に控え野手として出場。将来的に野球の指導者になることを意識しながら名古屋商科大学に進学し、キャタピラー三菱でも現役を続けた〉

 野球を続けていると、嫌でも自分の限界に気付かされます。私は守備には自信があったんですが、バッティングが非力。野球の指導者になったのは、たまたま51年にPL学園からコーチとして声をかけてもらったからなんです。もともと高校を卒業したら家業の理髪店を継ごうと思っていたことを考えると、全く違う人生になりました。

 〈コーチ就任から名古屋商科大学の総監督を務める現在まで、指導の理念は「球道即人道」という座右の銘に集約されている。PL学園野球部OBでもある宮本慎也氏(元ヤクルト)も自身のブログのタイトルにするなど、多くの教え子らがこの言葉に強く影響を受けている〉

 読んで字のごとく、野球のグラウンドは人生の縮図だと思うんです。例えば、キャッチボールは相手が取りやすいボールを互いに投げ合うことで初めて成り立ちます。人間社会でも同じことで、会話ひとつ取ってみても相手への思いやりや敬意がなくては成り立ちません。

 グラウンドではいつも思い通りのプレーができるわけではありません。チャンスで得点を取れなければ、ピンチで失点もします。少しでも思い通りのプレーができるようになるために日々、練習するのです。人生だって同じです。思い通りにいかないからこそ、努力しなければいけない。選手たちには野球を通じて人生を豊かにしてほしい。私自身、野球に出合えたことで、かけがえのない経験をさせてもらいました。

 〈PL学園の教え子は約400人を数え、名古屋商科大学でも数多くの選手を指導してきた。卒業後、プロ野球で名を残した選手もいれば、日大東北(福島)の監督として甲子園を目指す息子の猛安(たけやす)さんのように指導者になった選手もいる。教え子たちに囲まれるようになった現在は、甲子園常連校だったPL学園監督当時とは違う喜びがあるという〉

 ロッテでコーチをしている松山(秀明、60年の主将で同年夏の甲子園決勝でサヨナラ安打を放つ)は交流戦で名古屋にくると、食事に誘ってくれます。頑張っている教え子たちを見るのは頼もしい限りです。選手にはよく「どんなレベルであっても30歳までプレーできれば勝者だぞ」と繰り返してきた。できるだけ長く野球というスポーツに接することで、次の世代にも野球のすばらしさを伝えていってもらえたらうれしいですね。(聞き手 奥山次郎)

最終更新:9月20日(火)17時0分

産経新聞

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。