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お笑い芸人初のプロ野球選手・サブロク双亮「独立リーグ」奮投記

東スポWeb 9/21(水) 10:01配信

 独立リーグ・四国アイランドリーグplusは16日、後期の全日程を終了。愛媛マンダリンパイレーツが前期に続き優勝したが、注目を集めたのは“お笑い芸人初のプロ野球選手”サブロク双亮投手(40)だ。前期、後期合わせて9試合に登板、13回2/3を投げて0勝0敗ながら防御率1・98と、かつてのNPB選手やドラフト候補ら相手にも一定の結果を残した。プロの世界に飛び込んだ40歳のオールドルーキーが、独立リーグでの1年を振り返った。

「去年リーグ優勝を経験したチーム。いろんな声があるなかで、僕が入ったことで弱くなったと言われるわけにはいかない。目標の1勝はなかったけど、ホッとしているというのが今の気持ちです」

 入団が決まった当初、周囲から聞こえるのは歓迎の声ばかりではなかった。「話題づくりの客寄せパンダ」「芸人がやれるなら俺でも入れる」。ファンからは心ないヤジを浴びせられることもあった。前期は中継ぎで登板し、4回3失点。思うような結果が残せないなかで、後期日程が始まって3週間、8月20日の香川戦で先発の機会が巡ってくる。

「相方(サブロク山内)が東京から来てくれたんですよ。相方にとってみれば、ここにいるのは完全に僕のわがまま。それまでのように、ぶざまなピッチングを見せるわけにはいかなかった」

 4回をノーヒットに抑え、勝利投手の権利まであと1イニングとなったところで、40歳の肉体が悲鳴を上げる。右腕がつり始め、握力はほとんどなくなった。何とか二死とするも、四球を出し満塁のピンチを招いて降板した。

「コーチ陣はギリギリまで我慢してくれました。自分としては、“やり残した”“悔しい”という思いだけ」。4回2/3を無安打無失点の力投に、それまでヤジのあったスタンドからは拍手が聞こえたが、結果に納得はいかなかった。

 芸人としての仕事もこなす“二足のわらじ”。東京での仕事をこなし、チームに合流した直後の9月9日、高知戦で2度目の先発のチャンスが訪れる。裏には、チームメートの正田樹投手(34=元日本ハムなど)の後押しがあった。

「キャッチボールをした正田ちゃんが『双亮さんの球、走ってますよ』と進言してくれた。一番年が近いとはいえ、レジェンドのような人。それでも年上でNPBも知らない僕なんかを、一生懸命励ましてくれる。今度こそ、やるしかない」

 迎えたその日は、再び4回を無安打無失点の好投。しかし2―0の5回、先頭から2者連続四死球を与え、またも窮地を招いてしまう。加藤博人投手コーチ(47=元ヤクルトなど)がマウンドに駆け寄る。

「これじゃ、前と一緒じゃないか」。前回の登板が頭をよぎった。しかし、続くひと言が、双亮を奮い立たせる。「乗り越えるんだろ」

 4番を中飛、5番を併殺。試合は終盤に逆転され、惜しくも初勝利は逃したものの、プロの舞台で5回を無失点に抑え、確かに先発の役目を果たした。

 独立リーグの現状は経済的に厳しく、年齢的にも限界を感じつつある。「今後のことはまだ決めてません。それでも、本当にこの1年は人生の財産になっている。芸人に戻っても、またこの経験を生かしていけたら」。芸人として、野球選手として、双亮の挑戦は続く。

☆本名・杉浦双亮(すぎうら・そうすけ)1976年2月8日生まれ。東京都八丈島出身、小学校3年生のとき父と始めたキャッチボールで野球に興味を持つ。4年生で三根小の少年野球チームに所属、ポジションは投手。松濤中ではエースを務め、帝京高に進学するも3年間公式戦登板はなし。帝京大進学後は野球を離れ、大学3年のとき帝京高同級生の山内崇と太田プロに所属、お笑いコンビ「360°モンキーズ」を結成する。草野球歴は20年で、今年1月20日に愛媛マンダリンパイレーツと契約。登録名「サブロク双亮」。今季は9試合に登板し、13回2/3を投げ被安打12、失点3(自責点3)、防御率1.98。チームは前期、後期とリーグ優勝を果たした。174センチ、73キロ。右投げ両打ち。

最終更新:9/21(水) 10:12

東スポWeb