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山下敦弘監督「あの2人は鬼門ですよ」

Lmaga.jp 9月21日(水)16時0分配信

「自分の能力を発揮できた映画」(山下敦弘監督)

熊切和嘉監督による『海炭市叙景』(2010年)、呉美保監督による『そこのみにて光輝く』(2014年)。孤高の作家・佐藤泰志の小説を映画化した、函館3部作のトリを飾る映画『オーバー・フェンス』がいよいよ公開される。メガホンをとったのは、熊切・呉と同じ大阪芸大出身の山下敦弘監督。映画評論家・ミルクマン斉藤が山下監督を直撃した。

大阪で舞台挨拶をおこなった山下敦弘監督

──今回は監督の作品としては、いつになくオーソドックスな印象さえ与えるものになりましたね。かなりストレートに感動しました(笑)。

そうですね、なんか素直に出来ました。ひねくれずに(笑)。『海炭市叙景』があって『そこのみにて光輝く』があったんで、もう投げてもイイかなって思って。いいトコ取りすればと(笑)。ベースが出来上がっていたのが結果的には良かったですね。向かうべきところは結構シンプルなところだったので。

──でも、『海炭市叙景』と『そこのみにて光輝く』は、原作者である佐藤泰志の鬱屈した部分が炸裂しているのと、同じ土地が舞台ということでかなり繋がりがあると思うのですが、その2作と比べても『オーバー・フェンス』は原作もちょっと軽いし、監督も土地性を重視して撮られてるわけでもないような気がします。

函館の土地勘もなかったし、別に僕は意識しなかったんですけれども。でも、撮影監督の近藤(龍人)くんは3本撮り続けてるじゃないですか。だからもう函館にこだわることはないか、っていうのは、もしかしたら彼の方があったかもしれないですね。でも現場では、プロデューサーからやたらと「函館山を撮ってくれ」と言われてたんです。でも、全然撮らなかった(笑)。フレームに入れようともしなかったし。

──監督としては『苦役列車』(2012年)に続く、私小説映画第2弾というところもあるかな、と。

まあ、『苦役列車』のときは、(原作者の)西村賢太というモンスターとの対決があったんですけれども(笑)。今回は純粋に、原作だけを相手に撮るといった感じでもなかったですね。過去2作もあったし、近藤くんが作ってきた流れとかもあったし。『そこのみ~』のチームに僕が入ったような形だったんで、今思うと、良い意味で監督としてのプレッシャーが最初から軽減されていた感じがありましたね。

──でも熊切さん、呉さんと大阪芸大組が2人続いて、さて、殿(しんがり)はいよいよ山下さんの登場、みたいな。

まあ、そういう口説かれ方をされました(笑)。そのプレッシャーはありましたけどね。でも、「近藤龍人3部作」的なところが強かったですかね。『マイ・バック・ページ』を撮ったのが2010年だから、もう6年前。この6年で、気づいたら(撮影監督としての近藤は)「あれ!? 日本で一番評価が高いんじゃない?」ってくらいになってたんで。

──けっこう演出家の目を持ったキャメラという感じが、動きなんか見ていてもはっきり分かるんですけれども。でも、今回の映画はそれほどじゃなかったですね。

だから、なんか良い意味で肩の力が抜けてるというか、フラットでしたね。これは映画全体に言えるんですけれども、誰も突出していないのに映画としては全体的に良くなったという。演出が際立ってスゴいわけでもないし、撮影がすごくキメキメでもないし、音楽だけが立ってるわけでもないし。でもトータルとして、みんなが全力を出せたっていうか、自分の能力を発揮できた映画なんじゃないかなという気がしてて。

──今まで培ってきた自分のフィールドを持ち寄って、みんな気負わずにコラボレーションしました、みたいな。

で、お互いに影響しあって、気づいたらこういうものができてたという。そういう感覚は今回が初めてですね。もちろん自分が監督ではあるんですけれど、なんか不思議な感じで。自分の力だけではない、まあそれは当たり前ですけど、よく分からない力が作用したような気がします。

──『苦役列車』の場合は、同じダメ男というかアウトサイダーを描くにしても、山下監督サイドに引き寄せた、というか。

そうです。あれは自分に引き寄せて、やりたい放題やって、最後に(原作者と)喧嘩したっていう(笑)。まあ、今なら(原作者が怒るのも)「そりゃそうだよな」と思うんですけれども、今回はそういう(自分への)引き寄せ方はしなくて、全員が同じ方向を見て突き進んだというか。

取材・文/ミルクマン斉藤

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最終更新:9月21日(水)16時0分

Lmaga.jp