ここから本文です

<ボッチャ>記者もやってみた コートの上の頭脳戦、息抜けぬ試合展開

毎日新聞 9月22日(木)10時0分配信

 リオデジャネイロ・パラリンピックで日本チーム(脳性まひ)が銀メダルを獲得して一躍脚光を浴びたボッチャ。元々はヨーロッパで脳性まひや四肢の重度障害者のために考案されたスポーツだ。知名度は必ずしも高いとは言えないが、パラリンピックで観戦し、ゲームの駆け引きや独特の緊張感に魅力を感じた人も多いはず。障害の有無に関わりなく、誰でもプレーできるボッチャ。その楽しさと難しさを体感してみた。【浜名晋一】

【写真特集】ボッチャ 不遇に耐えて悲願の「銀」以上

 ◇ボウリングのようにボールを投じたが…

 東京都スポーツ文化事業団が今月、東京都練馬区で開催した体験教室には約30人が参加した。体育館の床にはビニールテープでボッチャのコートが描かれている。コートは縦12.5メートル、横6メートルで、プレーヤーがボールを投げるスローイングボックス(縦2.5メートル、横1メートル)がコートの片側を六つに区切って設けられる。

 ボッチャは、目標とするボールに自分のボールをどれだけ近づけられるかを競う球技だ。ルールは簡単。まず、「ジャックボール」と呼ぶ目標となる白いボールをコートに投げ入れる。その後、対戦者が赤と青いずれかのボールを6球ずつ投げて、ジャックボールに相手より近い位置にあるボールに1点ずつ与えられる。個人戦、ペア、3人1組のチーム戦の3種類があり、個人戦とペアは4ゲーム、チーム戦は6ゲームを行い、合計得点を競う。

 教室は、2009年アジアユースパラゲームズで銅メダルに輝いた佐藤駿さん(20)や08年の北京パラリンピックに日本代表として出場した海沼理佐さん(44)ら、そうそうたるメンバーが講師として参加。初心者にボールを投げる方向などを手ほどきしながら、チーム戦のゲーム形式で行われた。

 記者が投げる番が回ってきた。使用するボールは重さ約275グラム。材質は人工皮革製のものが多い。投げ方は上投げでも下投げでも構わず、障害のため、ボールを投げられない人は、ランプ(勾配具)という細い滑り台のような器具を使って、ボールをリリースする。記者が手にしたのは赤いボール。「ジャックボールの横にある青いボールにぶつけて」。講師のアドバイスに従い、記者はボウリングの球を放るように下からボールを投じた。ボールは全く弾まず、予想以上の勢いで転がる。結局、狙いは外れ、目標の横をむなしく過ぎていった。力の入れ加減が難しい。

 ◇「勝負ついたか、しかし思わぬ展開が」

 ボールをどこにどのように投げるのかがボッチャの妙味。相手のボールをはじき飛ばす、ジャックボールに寄せる、はたまた乗せる……。ゲームの場面に応じてボールの投げ方も変わる。教室に審判として参加した練馬ボッチャクラブの稲木祐二代表(69)はその魅力について、「勝負がついたと見える状況でも、思わぬ展開がある」と語る。

 例えば次のようなケースだ。ジャックボールに近い位置に青いボールが一つある。このままでは青の1点でゲームは終わるが、赤いボールをジャックボールに当て、遠くにある他の二つの赤いボールに近づけることで、赤は2点となり、逆転劇が演じられる。リオ・パラリンピック準決勝の対ポルトガル戦で、広瀬隆喜選手の第3エンド最終投が相手ボールをはじき、大量4得点を挙げたシーンは記憶に新しいだろう。

 結局、記者は2ゲームに参加し、計4球投げたものの、狙い通りに転がったボールは皆無。初体験はチームに貢献することなく終わったが、コートの上の頭脳戦の一端をうかがい知ることはできた。教室に参加した団体職員の女性(30)は「初めてで、思った以上に難しかった。でも夢中になれました」と笑顔を見せた。

 東京ボッチャ協会の佐藤勝枝副会長によると、パラリンピックでのメダル獲得以降、「ボッチャをやりたい」という協会への問い合わせは目立って増えているという。佐藤副会長は「お年寄りでも子供でも、誰でも楽しめるボッチャを普及させ、東京パラリンピックを目指した強化も進めたい」と話す。

 講師を務めた佐藤駿さんは「今までマイナーな競技だったので、関心の高まりは励みになる。ボッチャの面白みは戦略を組み立てるところ。まずは魅力を知ってほしい」と“ブーム到来”に期待している。

 ボッチャ体験教室は10月2、16日にも開催される。いずれも午後1時から(受け付けは同0時半から)、東京都練馬区大泉学園町9の都立大泉特別支援学校で。障害の有無に関係なく参加できる。参加費無料。問い合わせは、東京都スポーツ文化事業団(03・6804・5636)。

最終更新:9月22日(木)10時17分

毎日新聞

いかにして巨大イカを見つけたか
人類は水中撮影を始めたときから巨大イカ(ダイオウイカ)を探し求めてきました。しかしその深海の怪物を見つけることは難しく、今まで撮影に成功したことはありませんでした。海洋学者であり発明家でもあるエディス・ウィダーは、ダイオウイカの初の撮影を可能にした知見とチームワークについて語ります。