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圧巻60分の1福山城 歴史研究会の和久井さん作成 11月30日まで公開 広島

産経新聞 9月22日(木)7時55分配信

 約4メートル四方、畳10畳分の大きさで作られた福山城の模型が、福山市西町のエフピコRiM2階で公開されている。作成したのは、福山城歴史研究会の和久井裕道さん(66)。初代の福山藩主、水野勝成による築城以来の福山の変遷を紹介する展示会で公開されており、同会の東誠山会長(74)の研究成果もパネル展示している。11月30日まで。

 展示されている福山城は二の丸までを60分の1サイズで復元。ウレタンフォームで土台を作り、石垣は園芸用の軽石を1~2センチ四方、厚さ約2ミリにして、約1万ピースを貼り付けた。天守閣や2層、3層のさまざまな櫓、御殿などの建物は木製。屋根瓦のリアル感を出すために、彫刻刀で細かい溝をつけた。“建設”は昨年5月に着手し、約1年4カ月かけて完成させた。

 江戸時代初期に築城された福山城は、幕末までに櫓の数が減るなど姿が変わっているが、今回は、元和8(1622)年の築城時に近い姿を目標に復元。築城から20年あまりしか経っていない正保元(1944)年に、徳川幕府が全国の各藩から提出させた城下町の絵地図「正保城絵図」を参考にした。

 和久井さんが、城の復元模型を手がけるようになったのは、自宅から近い同市神辺町の神辺城跡にある説明板に刺激を受けたのがきっかけ。一昨年秋に神辺城の模型を作成したことで東会長と知り合い、神辺城の建材が福山城築城に流用されたことなどを知って、福山城の模型をつくることになった。

 一方、東会長の研究によると、「縄張り」と称される城の外堀までの敷地面積は約33万3300平方メートルと推定されている。国宝で世界遺産にも認定されている姫路城(兵庫県姫路市)の約24万5500平方メートルよりも明らかに広く、政権を奪って間もない時期の徳川幕府にとって、いかに福山城が重要だったかが類推されるという。

 9月中は連日午前10時から午後5時まで、東会長と和久井さんが会場に常駐し、来場者に解説する。

最終更新:9月22日(木)7時55分

産経新聞