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後藤昭夫元関市長死去 88歳 旧5町村合併を実現

岐阜新聞Web 9月22日(木)8時50分配信

 関市長を4期16年務めた後藤昭夫(ごとう・あきお)氏が21日、交通事故による脳挫傷のため、岐阜県関市の病院で死去した。88歳。関市出身。自宅は関市仲町12の45。通夜や葬儀は近親者のみで執り行い、10月1日午後1時から、お別れ会を関市池田町148のメモワール関で行う。施主は画家石原ミチオ氏。
 岐阜大卒。1951年に関市職員となり、水道部長や総務部長、助役などを経て、91年に市長に初当選した。下水道などのインフラ整備、企業誘致などに尽力。2005年の旧武儀郡5町村との合併も実現させ、07年に退任した。08年旭日小綬章受章。一方、在職時から画家としても知られ、前衛美術家集団「VAVA」を結成。地方から前衛芸術を発信し、退任後も精力的に制作活動を続けていた。
◆「関市への功績多大」 突然の訃報、関係者悼む
 元関市長後藤昭夫さんの突然の訃報に21日、後藤さんを知る人々から死を悼む声が相次いだ。
 後藤さんは市長として、下水道整備やわかくさ・プラザ建設などに尽力した。特に下水道は職員時代から熱心に取り組み、2007年に普及率は97.9%(旧関市地域)まで上昇した。尾関健治市長は「市への功績は大きい」、元市長の尾藤義昭県議は「名市長だった。残念の一言」と死を悼んだ。市職員からは「豪快で緻密な頼りになるリーダーだった」との声が聞かれた。
 一方、60年来の画友石原ミチオさんは「最後まで絵に情熱を持っていた」と悔やんだ。同市立篠田桃紅美術空間などで学芸員を務める宮崎香里さんは、「地方から新しい芸術を発信する運動の中心メンバーだった」と惜しんだ。

岐阜新聞社

最終更新:9月22日(木)15時8分

岐阜新聞Web

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