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【福島第一原発事故】避難が続く街を「ゴーストタウン」と呼べない理由

BuzzFeed Japan 9月22日(木)11時2分配信

そこには暮らしがある

2016年9月、BuzzFeed Newsは震災5年半が過ぎた福島県大熊町に入った。帰省する住民へ同行しての取材が許可された。大熊町は福島第一原発がある自治体で、原発事故以降、全町民の避難が続いている。【石戸諭 / BuzzFeed】

5年半にわたって、人の出入りが制限される街。しかし、そこには、人々が暮らしてきた跡があり、復興を諦めない人がいるという現実があった。
ゴーストタウン、死の街と呼ぶ人たちもいる。しかし、実際に行ってみると、そう簡単にレッテル貼りできないことがわかる。なぜか。

1. そこにあった人々の暮らしが残っている

私たちは、第1原発から約10キロ離れた福島第二原発(楢葉町)のスクリーニング場に立ち寄った。ここで、事前に申請した人数分の防護服と線量計(この日は2時間弱の滞在だったが、数字はほとんど動かなかった)を配布される。

すぐに防護服に着替えることはない。

車で10分弱、国道6号線を福島第一原発方面に向けて走る。国道6号沿いにはゲートが設けられており、その先は自由に入ることはできない。警備担当者に身分証や書類を見せて、ゲートを開けてもらう。

小道に入り、数分走らせると、同行した住民が避難前に住んでいた家に到着。防護服は車から降りるときに着用する。手袋は二重に、靴の上からカバーもつける。
家の中に入るときは、屋外用の靴カバーの上に、さらに青いビニールをかぶせる。顔にはマスクもつける。

外に降り立つ。周辺に人はいない。地震の影響で崩れた外壁があった。
しかし、一歩家に入れば、そこには生活の跡がある。例えば、玄関先に残った新聞、部屋に置かれたままの教科書……。

外からはわからないが、家族で囲んだテーブル、子供時代の机、褒められた賞状、思い出のものは、きっと一つ一つの家に残ったままになっている。

避難先で暮らすと決めた人、帰ることを諦めない人……、決断はそれぞれだが、共通しているのは、そこにあった暮らしが残り続けているという事実だ。

ゴーストタウンという言葉では、生活があったという想像力が働かなくなってしまう。

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最終更新:9月22日(木)11時2分

BuzzFeed Japan

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