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最終回を迎えた『こち亀』、“反面教師”両さんと秋本治先生にただただ感謝

クランクイン! 9月22日(木)7時20分配信

 秋本治先生にただただ心から「お疲れさまでした。そして、ありがとうございました」というほかない。何の巡り合わせだろうか。今年はなぜか、当たり前にあったモノをなくして初めて分かる“喪失感”を感じる機会が多い。表題のとおりであるが、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の連載終了も無論そのひとつである。

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 1976年発売の「週刊少年ジャンプ」で連載開始されてから、今年で40周年。最終回が告知されてから、こち亀ホームページには両さんからの「こういうときだけ『最近読んでないけど、好きだった』とか、『もっと続いて欲しかった』とか言いやがって」というお叱りもあった(さりげなく「うれしいけど」と付け加えるあたりは、まあ、両さんらしくもあるが)。

 僕もじつはそのひとりで、ちゃきちゃきの江戸っ子婦警、擬宝珠纏が登場したあたりからいつの間にか、こち亀と“疎遠”になってしまっていた。しかし、節目とあらばと書店へ向かい、最終回の掲載された「週刊少年ジャンプ」を購入してみた。おそらく数年ぶりに手に取ったのだが、その内容しかり、また巻末の編集部や現役作家陣からのコメントを読むと電車内だったにも関わらずちょっぴりウルっと来た。

 こち亀のスタートした40年前を調べてみたのだが、長寿番組『徹子の部屋』が放送開始したり、ロッキード事件が世間を賑わせていたり、VHSビデオテープレコーダーの国内第1号が発売されたりと、今年で33歳となる僕にとっては、教科書や資料からしか当時の空気を感じられないような時代である。

 秋本先生がいっさい休むことなく週刊誌で連載し続けたというのはすごいが、それ以上に、それ以上に、物語へ“時代の先を取り入れていた”というのがこち亀の魅力だったのではないかと思えてくる。


 個人的に記憶に鮮明に残っているのは、パソコン関連のエピソードである。今でこそ家電として当たり前の存在となったが、本体は手が届かないほど高級で、それでも今と比べればスペックが著しく低かった時代に、両さんはパソコンとは何か、ネットとは何か、そして、どんな可能性を秘めているかを時には“悪の教師”となって教えてくれた。

 また、少年時代のエピソードでは浅草を中心に当時の空気感を伝えてくれたり、時には真面目に、時にはおちゃらけつつも「人生とは何か?」を僕らへ投げかけてくれた。

 この記事もきっかけとなり、実家で置き去りにしていたこち亀を久しぶりに手に取ってみた。小学生、中学生、高校生だった時には分からなかった両さんの振る舞いや発言が、大人になり、ほんの少しだけ分かった気もする。

 お金が大好きで時には無茶苦茶、それでも人情味に厚く、曲がったことが大嫌いな両さんは、自然と“憧れの大人”になっていたんだろうなと今ならば思えてくる。気持ちよいほどの酒豪で、その飲みっぷりも板に付いているのが両さんのカッコよさでもあるが、へこんだときに、いつか肩を並べて「毎日がしんどい? いいか、しんどいっていうのはお前が……」なんて、酒の席でお説教されたいなとちょっぴり願う。(文:カネコシュウヘイ)

最終更新:9月22日(木)7時20分

クランクイン!