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【連載】中島卓偉の勝手に城マニア 第51回「上田城(長野県)卓偉が行ったことある回数 2回」

BARKS 10/2(日) 11:02配信

長野県は城の宝庫である。この城も紹介しないわけにはいかない。長野県にお住まいのファンの方から「上田城のコラムはいつですか?」というお声を沢山頂いた。「卓偉さんはいつ長野にライブで来てくれますか?」を押しのけてこの質問が多かったことを考えると、もうロックは辞めて城コラムを書くおっさんで勝負した方がもっと楽に食っていけるのではないかと思う。

◆【連載】中島卓偉の勝手に城マニア・チャンネル

築城は1583年 真田氏である。上田の街は真田愛が半端ない。街中が真田愛で溢れている。これを私の故郷である卓偉愛に溢れてない福岡県古賀の人達にもっと伝えたい。真田氏が築城したのは事実だが20年とこの地にいなかったにも関わらず、しかも徳川に滅ぼされた武士、現代の大河ドラマの影響もあるのだろう。負けた、そして滅びた武士がここまで愛されるというのも珍しい。こんなこと言うとなんだが、現在の上田城を一番大きく改築していったのは真田氏の後に城主となった仙石氏である。仙石氏のセンスがなければ上田城はないのである。しかもそれをしっかりと幕末までキープしていったのは松平氏だ。なんかこの辺微妙ではある。とは言え、私としては城主というより城そのものの凄さを伝える為にこのコラムを書いているので今回も上田城の素晴らしさについて語っていきたいと思う。早速余談だが、以前MCをやっていたYOU TUBE番組にアップアップガールズ(仮)のリーダー仙石みなみちゃんがゲストに来てくれた。その時に歴史好きの私は聞いたのである。「仙石ちゃんの名字は長野県の上田を治めてた仙石氏の末裔だったりするの?」彼女は頭にクエスチョンマークを1億個乗っけて言った。「??????????????わたし出身は宮城県です。それ以外わかりません……。」
それ以上聞くのをやめたのは言うまでもない……。

まず上田城を見る最高のスポット、それは北陸新幹線の中から、である。個人的にはそう思っている。新幹線の中から見える上田城は本当に素晴らしくインパクト大であり卓偉の歌唱力のインパクトに引けを取らない。今まで何度も新幹線の中から見える上田城を眺め、降りたい……。と何度思ったことか。隣りに乗ってるスタッフやマネージャーに上田城を熱く語ろうと思うと大概寝ている。この今までのわだかまりをこうしてコラムに殴り書きである。パソコンに打つ場合も殴り書きと言うのか?今度仙石ちゃんに聞いてみたい。これくらいなら答えてくれるとおじさんは思っている。

春は桜の名所、秋は京都や奈良に負けない紅葉の名所となる上田城。尼ヶ淵から見上げた本丸にそびえる西櫓と南櫓の威圧感はたまらなく格好いい。この西櫓は正真正銘の現存櫓である。仙石氏の時代に本丸には7基の櫓が建っていたが、明治に入り、払い下げられたり、町内に移築されたりしていた。この西櫓だけは当時から場所もそのまま。動かずにずっと上田の街と城を守っているのだ。ちなみに本丸にある東虎口櫓門(復元)を挟んで建つ南櫓と北櫓は上田郊外の遊郭で合体して一つの建物として使われていた。お~っと好きだぜ!そういうの!昭和初期まで遊郭として使われていたがその後また本丸の同じ場所に移築されたそうな。いいぜ~!いいぜ~!そういうの!今はそのどちらの櫓も中を見学出来る。中は普通の板張り。鎧や城の模型も展示されている。櫓の下は絶壁の崖に石垣が組まれ、その下は千曲川だ。現在は駐車場になっている。上田城見学は2回とも車で来たので、この駐車場に車を停めて、南櫓の窓からてめえの愛車ミニをを見るというのがお約束になっている。遊郭だった南櫓からてめえのミニを見るというのがお約束ってなんだよ!めっちゃシュ~~~~~~~~~~~~~ル!好きだぜ上田城!っていうかね、櫓が遊郭に使われてたなんて話しは沢山あるのにそこを敢えて隠さず伝えた上田市に乾杯!それも歴史ですからね。補足だがその南櫓と北櫓は遊郭で使われた後に昭和16年に東京にある目黒雅叙園に売却されたが市民の寄付によって売却され元の位置に戻されたとのこと。色んな場所に行き来し過ぎだろ。

城の魅力としてまず駅側(城の南側)を伝えたい。上田城は新府城と同じく崖を上手く利用して建てられている。崖とその下に流れる千曲川を天然の堀に。崖の上の北、西、東、全ての場所にしっかり水堀をめぐらせている。しかもこの水堀は千曲川よりも水位が高い。この絶壁の上に石垣を組んでるわけだが、これがまた段々になっており、どうやっても登れない。卓偉がどうやっても売れないのと近い。というより登る気がしないほどの威圧感である。この防御、素晴らしい。真田の時代はまだ総石垣ではなく土塁の城だったらしいが、だとしてもこの天然の防御は簡単に攻め落とせないことがわかる。もっとも関ヶ原の時代に徳川秀忠(家康の息子、後の二代将軍)が上田城を攻めた時に3万8千の大軍だったにも関わらず、城内にはたったの3千の兵、だが見事に徳川を撃退したのである。しかも二度に渡っての撃退だ。いかにこの城が防御に長けていたかが分かる話しである。また新府城の話を出してしまうが、崖に建てられた城として上田城と新府城は良く似ている。新府城は土塁の城で終わってしまったが、上田城は石垣まで組めた城、もし新府城に石垣が組まれたら上田城のようになっていた気がしてならないのである。仙石氏の上田城も増築の途中で終わってしまった。新府城も同じである。もし完成まで出来上がっていたらどんなに素晴らしかっただろうとイマジンする。

インパクトで言えば本丸に入る東虎口櫓門を真ん中にして左がジェニファー・南櫓・ロペス、右がカイリー・北櫓・ミノーグのアプローチも素晴らしくセクシーだ。本丸に7基あったとされる櫓だが北西角櫓が天守だったと私は推測したい。この7基の櫓台を考えても一番大きさや高さ、そして幅も十分にある。もちろん天守にしては相当小ぶりだったことは否めないが、発掘調査によると土の中から金箔の瓦が「出没!アド街ック天国」したそうだ。他の6基の櫓は残っていた時期と古写真を考えても金箔の瓦は使われていない。今後の発掘に期待である。是非瓦以外の物も「出没!アド街ック天国」してほしい。天国からキンキンも大喜びである。

現在の本丸には真田神社が建てられているが、この神社の中にある真田井戸(なんでもかんでも真田にしたいのだな)は城の北側にある現在の上田高校の敷地内に出れるような逃げ道として作られたとの伝説が残っている。高校周辺にあるグラウンドや競技場なども当時は城内で、かなりの幅を持った水堀だったことがわかっている。それはもう福岡城の大濠公園が水堀として機能していたのと同じくらいの規模である。大きい堀を埋めるとそれだけで相当な場所が確保出来るので大概が学校になったりグラウンドになる傾向にある。そこもイマジンして見学されることをお勧めしたい。誰かの武道館にライブに行かれる際はここで卓偉の武道館ライブを見たいなあとイマジンすることをお勧めしたい。願えば叶う!君が友達を呼んできて来てくれればすぐ叶う!当時の建造物として西櫓、南櫓、北櫓と同じように残っているのはそんな上田高校の正門となっている屋敷門だ。この門も威圧感があって当時の雰囲気を残している、要注目である。この屋敷門を潜って毎朝学校に通えるなんて羨ましい。屋敷は屋敷でもファミスタ86'の太陽ホエールズの屋敷要選手の足は本当に速かった。兄貴が持っていたファミスタ攻略本の屋敷選手の足の速さの欄に「16」と書いてあった。若菜捕手は「3」と書いてあった。基準がわからない。

今まで来城した季節は二回とも夏だったのだが、城内を部活動の高校生達が列になってランニングをしていた。しかもこの生徒達、通りすがる人達全員に「こんにちは!」と元気よく挨拶しながら走っていた。素晴らしい。刺青丸出しの私に対しても、だ。我が九州もランニング中にすれ違う人達に挨拶は絶対だったのでちょっと忘れていたものを思い出させてもらえた。これだけで上田城に来て良かったと思わせてくれるのだからさすがである。すかさず私も「こんにちは!頑張って!」と声をかけさせてもらったら「ありがとうございます!」と笑顔で返してくれた。刺青丸出しの私に対して、だ。感動!私は高校を受験していないが、もし受験するなら上田高校を受験したい。そして俊足の「16」を活かしたい。余談だが屋敷選手は当時口髭のマスタッシュが非常にサージェントペッパーだった。ここで笑えないおまえ、ロックと無縁である。

二ノ丸の堀も奇麗に残っているところが沢山ある。昭和40年代までは二ノ丸の堀の中を上田温電北東線が通っていた。城の中を走る列車だったわけだ。戦国当時は水堀だったのを空堀にし、そこに線路を敷いて走っていたというわけだ。現在は公園のひとつとして遊歩道になっている。ここも見逃せない。上田高校に受験で受かったらこの遊歩道でデートしたい。むしろここで突然の告白をして照れ隠しに俊足「16」を活かして走り去りたい。ちなみにファミスタ86'のナムコオールスターズの俊足バッターぴの選手は足の速さが「26」と書いてありバントしただけでランニングホームランだった。よっぽど基準がわからない。何はともあれ、二ノ丸に上田市博物館があるのでここを鉄板で見学して欲しい。城の大きさがわかる当時の絵や平面図、鎧や出没品などが展示されている。最初にここを訪れてもいいだろう。

城にはそれぞれの運命があるが、徳川の兵を二度に渡って撃退したという事実、これが上田城の誇り、真田氏の誇りであることは間違いない。全部が残ってるわけじゃないが、本丸南側の尼ヶ淵の崖と石垣の素晴らしさ、この場所がすべてを物語っている。是非下からも見上げてほしい。近年復元の話がどんどん現実化していることも城マニアとしても嬉しいニュースだ。是非訪れるなら春の桜のシーズン、もしくは秋の紅葉のシーズンを狙って来城してもらいたいものである。てめえはその時期に行ったことないのにも関わらず、だ。こういう大人を信用しちゃいけない。


ってなわけで今回は上田城を伝えたいのか、屋敷選手を伝えたいのか、キンキンを伝えたいのかがわからなくなったコラムだったと思う。よって最後ははっきりと決着をつけたい。

あなたの城の宣伝部長、中島卓偉です。え?そっち?

ああ、上田城 また訪れたい……。

最終更新:10/2(日) 11:02

BARKS

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