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<訃報>稲村雲洞さん死去 前衛書を切り開く

毎日新聞 9月23日(金)23時57分配信

 前衛書をけん引した書家で、毎日書道会最高顧問の稲村雲洞(いなむら・うんどう、本名・稲村行雄=いなむら・ゆきお)さんが23日、老衰のため東京都世田谷区南烏山3の17の6の自宅で死去した。91歳。通夜は28日午後6時、葬儀は29日午前10時半、東京都渋谷区西原2の42の1の代々幡斎場。喪主は長男で毎日書道会評議員の龍谷(りゅうこく、本名・定則=さだのり)さん。

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 稲村雲洞さんの鋭いまなざしは、今ここではないかなたに向かっていた。旅先でも書展でも先陣を切って、どんどん先へ歩いていってしまう。

 地方の書展で、皆が入り口の部屋で談笑している時、すでに最後の展示室で一人ポツンと座っていた。「先生、作品いかがでしょう」と尋ねると、キラリと眼が光り「本当のことを言っていいのか……。残念だが病んでいる」とつぶやいた。いつものような大音響のお小言ではなかったが、「ああ稲村先生と話している」と感じたものだ。的確で厳しい批評の言葉はもう聞けない。寂しい限りだ。

 自らにも厳しい鍛錬を課した。朝、起床し洗顔すると、すぐ筆を持つ。紙の切れ端に般若心経を書いていく。大きさの異なる紙にピタリと収まるように極小文字をつづる。書人としての鍛錬なくしてはできない超絶技巧の一端である。

 「瞬発の集中」「持続の止観」など、少々難解な概念を用いて前衛書を切り開いていった。が、私が強く感じたのは、「書とは何かを根源的に考える」という態度が貫かれていたことだ。晩年には、永平寺に奉納された「喜悦心」額に流れる精神「書くことそのものに感謝」という言葉をたびたび口にした。真剣に、真正面から書とぶつかった人のみが到達できる気高い心境だろう。【桐山正寿】

最終更新:9月23日(金)23時57分

毎日新聞