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【再掲】クイーン最後の来日公演は解散寸前だった、31年ぶり再日本公演に寄せて

MusicVoice 9/20(火) 9:12配信

 世界を代表する英ロックバンドのQUEEN(クイーン)が9月21日・22日・23日に、東京・日本武道館で来日公演を開催する。オリジナルメンバーのブライアン・メイ(69)、ロジャー・テイラー(67)に加え、ヴォーカリストにアダム・ランバートを起用しておこなわれる今回の日本武道館公演は、クイーンとしては1985年以来31年ぶりとなる。小媒体では過去に、クイーンを長年追いかけている音楽評論家の石角隆行氏に、31年前の最後の来日公演について「解散寸前のライブだった」という見出しのもと当時の状況を寄稿いただいた。今回は日本武道館公演に開催に合わせて、その内容を再掲したい。

【写真】1984年にリリースされたスタジオ・アルバム「THE WORKS」ジャケット写真

最後の来日公演となった1985年

 クイーンは1975年の初来日以来、計6回、全50本のコンサートを行っている。これは本国イギリスを除けば、アメリカ(計8回/250本)、ドイツ(計8回/58本)に次いでの回数だ。彼らがいかに日本を重要拠点と考えていた事がわかる。最後の来日公演となったのは1985年5月。11枚目のスタジオ・アルバム『ザ・ワークス(THE WORKS)』(英国:84年2月27日/日本:3月16日発売)を伴って1984年8月24日にスタートした「ザ・ワークス・ツアー」の一環として欧州、南米、豪州を経ての最終公演地が日本であった。

 日本で最初にブレイクを果たし、熱狂的なファンに支持されていた彼らだが、クイーンが世界的人気を博すようになり、フレディ・マーキュリーが短髪口髭のマッチョ指向になった1980年頃からは熱心なファンが離れていく。クイーンが6度目の来日を果たした頃はMTVが台頭し始め、イギリスからはワムやデュランデュラン、カルチャークラブといった新しいアーティストが次々とデビューしチャートを席巻していた時代。そんな中にあってクイーンは「時代遅れ」感が否めず、コンサートのチケットも完売していなかった。5月8日の初日の武道館公演終了後にはフレディを除くメンバー3人が、フジテレビの「夜のヒットスタジオDX」に生出演を果たし公演の告知をしたほどだ。

 かくいう私もそのひとり。男がクイーン好きと公言出来ない頃から、クイーン・ファンではあったが、この時期の彼らに関心が薄くなっていた。ただ気になる噂がまことしやかに流れていた。この日本ツアーをもって解散するというのである。ならば最後になるかもしれない彼らを、見届けておこうという思いで最終公演地の大阪城ホールに向かった。

 当時の音楽雑誌を見る限りでは、コンサートの内容は概ね評判が高い。しかし、私にはそう写らなかった。ツアー最終日で疲れていたのではという事を差し引いても、ギターのブライアン・メイやドラムのロジャー・テイラーの演奏には覇気が感じされず、唯一、フレディ・マーキュリーだけが広い会場を盛り上げようと孤軍奮闘していた印象で、4人のメンバーがまとまっているようには見えなかった。

 初期のアルバム収録曲等から満遍なく演奏されたセット・リストはバンドの歴史を総括しているように思われたし、日本語曲「手をとりあって」をこのツアーで一度も演奏しなかった事も何やら暗示的であった。追い打ちをかけるように発表されたのが、フレディ・マーキュリーのソロ・アルバムのリリースだ。折しも来日公演の真っ最中、シングル『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』はノエビア化粧品のCMソングとしてお茶の間で頻繁に流れていた。しかも発売元はクイーンのデビュー以来所属していたEMIからではなく、CBSソニー(現・ソニーミュージック)であった。バンドのボーカリストがソロを出し、レコード会社も移籍となるとクイーンの解散はもはや避けられないのではと思われた。

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最終更新:9/20(火) 9:12

MusicVoice