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泉谷・アサヒ会長、「新しいことをやるので自信がない。だから早く準備し人にも聞く」

ニュースソクラ 9/25(日) 18:00配信

「わが経営」を語る アサヒグループホールディングス・泉谷直木会長兼CEO(4)

 ――社員のモチベーション、つまり意欲の違いによって、成果は大きく変わりますね。高めるためには何がカギになりますか。(聞き手は森一夫)


 ある本に3つ書いてありまして、1つは仕事の目的が社員と会社とで共有できているかという点です。2つ目は、会社の目的と社員のレベルとに差がある場合、会社に支援する用意があるのか。これができていれば、社員は一段上の目標に挑戦するでしょう。3つ目は、仕事を達成したら、どんな報奨があるのか。できなかったら、どれだけのリスクを負うのか。最初から明確にイメージできているのかどうかです。

 この3つの合意が大事だと思います。そのために制度がありますが、重要なのは運用です。やはり人間臭い話になるのです。私はいつも山本五十六連合艦隊司令長官の言葉を引いて話します。

 「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ」というのが有名ですが、その後があります。「話し合い、耳を傾け承認し、任せてやらねば人は育たず」。さらに「やっている姿を感謝で見守って、信頼せねば人は実らず」。この3つをしかりやらなければいけません。

 また求心力だけを求めてモチベーションを上げて行くと、非常に片寄ったものになります。外に向かって行く遠心力も大切です。理念とかビジョンで求心力を利かせて、実際の行動や発想はそこから広がるように遠心力つける。つまり円錐形を逆さにしたようなモチベーション構造をどうやって作るかが大事ですね。

 ――社長に就任して、持ち株会社制に転換するなど組織戦略を講ずる一方、経営全般にきめ細かく目を配り続けてきましたね。手綱を緩めないのは、泉谷さんの資質ですか。

 私は基本的に自信がないのです。それは若いころにあまり勉強しなかったこともありますけど、要は新しいことをやってきたからなのです。そうしないと会社がおかしくなる、またそうするのが私の役割だと思って、この会社で生きてきました。

 私には何々畑というのが無いんです。技術でもなければ、生産や営業でもない。畑の無い根無し草です。なぜ自分が社長になったのか考えてみると、時代が変わったからだと思います。かつてのような変化が少ないときなら、私がやる必要はない。おそらく一定のコースの中から社長が出てきたでしょう。

 私は失敗を許されません。今までと同じことをして結果的に失敗するのなら、先輩もこうやっていましたと言えます。私は「変える」と言って、先輩とは違うことをやるのですから、失敗すれば、私の全責任です。ものすごく怖いですよ。

 怖いからこそ、早く準備する。自信がないからこそ、人に聞く。そして決めたら、早く着手する。それがずっと、私のやり方なのです。これができなくなったら、辞めた方がいい。

 ――歴代の社長の失敗経験も生かすことがあるのでしょうか。
 
 私もそうですけど、人間には光と影があります。特に権力を持った人には、必ずあるものです。光の方だけが表に出て、うまく行っていればよし。影の部分は番頭さんが補ったり、後任が黙って直したりすればよいのです。
 
 それをやらないと、影はずっと尾を引くため、気を付けないと、どんどん累積して、あるとき火を噴いてしまうのです。だから光と影が必ずあると、まず自覚すべきです。
 
 自分が退任するまでの時間を見計らって、成功している部分は後任に早く渡して、影の部分は自分で消して行く。退任するときには、後任に90%以上は光で渡し、影は10%くらいにとどめないといけません。基本的に一代ごとにリセットすべきです。

 ――来年は、どん底だった会社を救った「スーパードライ」が発売30周年を迎えますね。これまでは総じて成功の歴史でしたから、影はあったにしても、目立ちませんでした。
 
 成功の要因はいつも違います。今は結果的に15年連続して最高益更新中ですが、なぜなのかは時代によって変わります。これまで成功の要因を的確にとらえて、いち早く実行してきたのが、歴代社長の素晴らしさだと思います。光と影の話をしたのは、先輩たちを批判するためではありません。新たな挑戦をすれば、プラスと同時にマイナスも伴います。
 
 「スーパードライ」を発売した時の樋口廣太郎社長の時代はカネが無かった。カネをどう調達するか、リスクを取らなければならなかったんです。ヒト、モノ、カネの経営資源が全部そろうということはなかなかありません。私はずいぶん恵まれていて、カネもモノもある。後はグローバルに通用するヒトをどう育てるかで、社長になってからずっと取り組んできました。

 ――「スーパードライ」30周年で、何か記念行事をやりますか。
 
 誰にとっての30周年なのか。お客様に支えられてきた年月と考えると、30周年記念のやり方は全く違います。若い社員に企画させて、社外で記念パーティーをやるなどの案しか出てこないようだと、当社の文化も駄目だなとなりますね。30年のご愛顧にどう応えるか、これから40年に向けて新しいご愛顧をどう引き出すかが本当でしょう。
 
 どう売るかではなくて、どうやって買っていただくのかと発想しなくては駄目です。売り方ばかりにとらわれていると、売れなくなったら、やれ売り方が悪い、値段を下げろとなるんです。おまけに強いライバルを見て、引きずられて相手の土俵に乗ってしまう。
 
 もし当社のブランドが輝きを失うとすれば、競争相手に負けるからではなくて、自分でこけるためでしょう。これからもお客様の変化に注意を集中して、私たち自身が変わる努力を続けて行きたいと思います。

(泉谷氏のインタビューは今回で終わりです。次の「わが経営」は出雲充ユーグレナ社長です)

■聞き手 森 一夫(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。

森一夫(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)

最終更新:9/25(日) 18:00

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