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松平春嶽の歌碑を後生に 日本海を一望できる神社内に鎮座

北陸新幹線で行こう! 北陸・信越観光ナビ 9/26(月) 8:09配信

 水平線をゆっくりと船が進む。波が岩に当たる音が響き、磯の香りが鼻をくすぐる。日本海を一望する越前海岸沿いにある福井市鮎川町の蛭子神社。その境内の一角に、幕末の福井藩主・松平春嶽の歌碑が鎮座している。

 同市国見公民館などによると、春嶽は1867(慶応3)年、海防と民情を視察するため、現在の同市国見地区などを訪れた際、同神社に参拝して和歌を詠んだとされる。春嶽は後年、この和歌を推敲(すいこう)して条幅に揮毫(きごう)。条幅の文字を原寸のまま写した歌碑は、鮎川町の住民らが春嶽の遺徳をしのび、市などの助成を活用して1980年に建立した。

 和歌は「海のさちあたへ玉(たま)ひてあさゆふに桜鯛(さくらだい)よれうらの春かせ」。神々に向け、毎日サクラダイがこの地にやってくるよう願う内容という。神社や歌碑を管理している鮎川町自治会の中村秀夫会長(72)は「きっと、この地の漁師の気持ちをくみ取り、詠んでくれたんだと思います」と受け止めている。

 「信仰の厚い土地柄」(中村会長)とあって、住民は誰ともなく境内などをこまめに清掃しているという。中村会長は「歌碑だけでなく、神社も含めて後世に長く伝え、大事にしていきたいと思う」と話している。

最終更新:9/26(月) 8:09

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