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激変するタクシー業界 「初乗り410円」本当の狙いは?

ITmedia ビジネスオンライン 9/26(月) 7:10配信

 東京のタクシー初乗り運賃を410円にする実証実験が8月から実施されている。国土交通省は実験の結果を参考に、早ければ年内にも運賃の引き下げを認める方針だ。今回の運賃引き下げには、近距離のタクシー需要を喚起する狙いがあると言われているが、一部のタクシー会社はもっと先を見据えた上で今回の値下げを決断している。それはズバリ、タクシーの自動運転化と無料化である。

【配車サービス Uber(ウーバー)の画像】

●年々厳しくなっているタクシー市場

 タクシーの運賃は規制対象であり、各社が自由に決めることはできない仕組みになっている。事業者から運賃変更の申請があり、その地域の7割を超える事業者から同様の申請があった場合にのみ変更の手続きが行われる。こうした環境では事業者は値下げするメリットが少なく、これまでタクシー料金は一貫して値上げが続いてきた。運賃の引き下げが行われるのは、現在のタクシー業界が成立して以来、初めてのことである。

 現在、都内におけるタクシーの初乗り運賃は2キロ730円である。今回の実証実験では1.059キロまで410円という運賃が設定された。ある程度、距離を乗った場合には、運賃はあまり変わらないか、むしろ高くなるが、近距離での利用であれば圧倒的に料金が安くなる。重い荷物を持った老人や、雨が降ったときの近距離利用など見込んでいるほか、外国人観光客の獲得も想定しているという。

 近距離利用を促進するということになると、乗客1人当たりの単価は減少し、より多くの乗客を運ぶ必要に迫られる。それでもタクシー業界が値下げに踏み切ったのは、市場環境が年々厳しくなっているからである。

 2015年における東京のタクシー、ハイヤーの運送収入は4130億円から3702億円と約10%の減少、輸送人員は3億1232億人から2億6758万人と約14%の減少となっている。タクシーに乗る人の絶対数が減っているため、これを値上げとタクシーの台数削減でカバーしてきたことが分かる。

 だが、こうしたやり方はそろそろ限界点に達している。1回当たりの収益を低下させても、乗客を増やして市場全体を底上げしなければならない。

●タクシー業界だけが過当競争に陥ってしまう理由

 だがタクシー業界にとっての本当の脅威はもっと別のところにある。それはシェアリングエコノミーの台頭と自動運転技術の急速な発達である。この2つの新しい潮流が組み合わさると既存のタクシーというビジネスモデルが根幹から崩れてしまう可能性があるのだ。

 シェアリングエコノミーが台頭すると、これまで顧客による選別という概念がなかったタクシーの世界が一変する。これまでの運賃体系は、タクシーは基本的に“流し”が原則であり、顧客は会社を選別できないことを大前提としていた。しかしITの技術を使ってタクシーを選別することが容易になると、運賃設定のメカニズムも大きく変わってくる。

 タクシーの運賃については2002年に規制緩和が行われ、新規参入や増車が原則として自由になった。しかし、自由競争の促進はタクシーの安全性を損なうとの見解が根強く、2014年1月には「改正タクシー事業適正化・活性化特別措置法」が施行され、再び規制が強化されている。具体的には、特定地域において約3年間の新規参入や増車が禁止されている状況だ。

 競争が行き過ぎると安全が損なわれるという話はもっともらしく聞こえるが、よく考えると奇妙な話だ。例えばファストフードの業界は、日々苛烈な競争にさらされているが、安全性を犠牲にして危険な食品が提供されるというケースはほとんどない。

 なぜタクシーだけが自由競争を徹底すると労働環境が劣悪になり、安全性が犠牲になるのだろうか。その理由は、タクシーというビジネスの基本インフラである道路というものが税金で作られており、業界はそれをタダで利用しているからである。タダで利用できるものを自由に解放してしまうと、際限なくコスト競争が行われ、過当競争を引き起こす可能性が出てくるのだ。

●シェアリングエコノミーの台頭で市場が機能し始める

 この話は、ファストフード店が店舗を出店するケースと比較すればよりハッキリするだろう。例えば、ファストフード・チェーンが新規出店する場合に、かなりのコストをかけて人が集まる場所を確保する必要がある。便利な場所に出店すれば多くの顧客を獲得できる一方、不動産の賃借コストは膨れあがってしまう。

 つまり、出店には費用対効果というものがあり、自由に競争させても無制限な過当競争にはならずに済む。つまりマーケットメカニズムが働き、適正な価格で適正なサービスを提供できる事業者しか残らないのだ。

 ところがタクシーはそうではない。クルマさえ用意できれば、あとは税金で作られた道路を使ってビジネスができてしまう。しかもタクシーは移動するものなので、立地などの制約を受けない。どの企業も条件は同じである。つまり参入が容易で、しかも差別化要因がほとんど存在しないのがタクシーというビジネスだったのである。

 このためタクシー業界は過当競争に陥りやすく、こうした事態を防ぐため政府は規制をかけ、認可された事業者しかタクシーの業務を実施できないようにしてきた。だが政府が規制をかけるとなると、参入できるかどうかは、全て政治的な力学関係で決まってしまい、利用者のサービス向上は二の次となる。タクシーの接客レベルが総じて低かったのは、タクシーが規制産業だったからである。

 だがシェアリングエコノミーが台頭してくると状況はまるで変わってくる。Uber(ウーバー)のような配車サービスの場合、利用者はタクシーを選ぶという感覚を持つようになる。ITのインフラを使えば、自分が乗ったタクシーをレビューし、その結果を別の利用者が参照することは当たり前となる。

 タクシーは流しで拾い、全てを偶然に任せるという存在から、主体的に事業者を選ぶというやり方に変わってくるのだ。法制度の問題は残っているが、一般の個人が自分の車をタクシー代わりに提供するライドシェアとなれば、その傾向はさらに顕著になってくるだろう。

●自動運転が普及すると無料タクシーも可能に?

 こうした時代においては、より多くの顧客層を獲得しておかなければ、タクシー会社が生き延びることは難しい。今回の料金引き下げはタクシー各社による顧客の囲い込みのスタートでもある。

 このような状況に拍車をかけるのが自動運転技術の急激な進歩である。米国の自動車メーカー、Ford Motorは8月17日、2021年までにハンドルやアクセルのない完全自動運転車の量産を始めると発表した。日本でも自動運転車が普及するのは時間の問題である。そのとき、タクシーはどのようなビジネスになっているのだろうか。

 自動運転技術とITのインフラが完全に結び付くと、場合によってはタクシーは無料でサービスを提供できるようになるかもしれない。

 自動運転車は手動運転車と比較してコストが高いと考えられるが、量産されれば1台当たりの値段は劇的に下がる。そうなってくると、人件費が掛からない無人タクシーのコスト競争力が一気に高まることになる。スマホなどのデバイスを使って個人情報を提供したり、動画広告の閲覧、アンケート記入などを行う代わりに、無料で自動運転タクシーを利用するというビジネスモデルが成立する可能性が出てくるのだ。

 つまり、タクシーは単なる移動手段ではなく、ITインフラをフル活用したマーケティングビジネスへと変わっていくのだ。

 この話は決して荒唐無稽ではない。東京のタクシー大手で今回の値下げを主導した1社でもある日本交通の川鍋一朗会長は、近い将来、自動運転車が確実に普及すると予測しており、無料タクシーの可能性についても言及している。同社は、今回の値下げをきっかけに一気に顧客を囲い込む戦略を描いている可能性が高い。

 ただ日本のタクシー業界には少々気になる点もある。こうした新しい技術への対応を着々と進める一方、Uberなど革新的な外資系企業の日本市場参入をロビー活動などを通じて妨害しているとも言われている。最終的にどのサービスが良いのかを決めるのは利用者であり、そのためにはより多くの選択肢が必要である。外資も含め、各社が公平にサービスを競う形で、タクシー業界が進化することを望みたい。

(加谷珪一)

最終更新:9/26(月) 7:10

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