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焼き畑 復活の動き 世界農業遺産で再評価 宮崎県椎葉村

日本農業新聞 9/26(月) 7:00配信

 世界農業遺産(GIAHS)の認定をきっかけに、宮崎県椎葉村で伝統的な「焼き畑」を復活させる動きが出てきた。消滅寸前まで追い込まれた農法だったが、遺産として評価が高まったことで新たな担い手が登場。Uターンした若者らが中心になって火入れをした山では、在来種のソバの栽培が始まっている。農家や地域住民、村も協力して地域活性化と新たな特産品作りに奮闘する。

新たな担い手誕生

 約50年ぶりに焼き畑を再開したのは村の夜狩内地区。標高約650メートルの山の斜面で、長年放置されていた場所だ。杉の木などが茂って人が足を踏み入れられないほどだったが、地元住民や有志ら約30人が4日間かけて全て伐採。畑地約60アールを確保した。

 8月の畑の火入れには、復活を一目見ようと村内外から約60人が集まった。農家が焼き畑の成功を祈って「このヤボに火を入れ申す。ヘビ、ワクドウ(蛙)、虫けらども、早々に立ち退きたまえ――」と唱えてから刈った草木に着火。作業は山に火を放つ危険性を考慮して慎重に進めた。焼き終えた後にまいた15キロのソバは順調に育ち、10月後半には収穫できる予定だ。

 村は昨年12月「高千穂郷・椎葉山地域」として世界農業遺産に認定された。平らな土地が少ない村内は、かつて焼き畑が唯一の農法だったが、生産性が低いため近年は衰退。観光・教育の目的を除き、本格的に続けているのは不土野地区の農家、椎葉勝さん(63)一家だけになっていた。

 取り組みの中心的メンバーで13年ぶりに地元に戻った那須翔仁さん(28)は、人の手が入らないと土地が荒れてしまうという危機感から焼き畑を復活させた。昨年まで宮崎市のそば店で働いていたため、村内産のそば粉への思い入れは強い。「先人の知恵に学びながら、失われつつある営みや文化を復活させたい」と決意する。

 焼き畑はソバや穀類を中心に4年間輪作した後、20年以上放置する。その間は他の土地に移って続ける。時間を置くことで土の栄養分が回復する、持続可能な農法だ。指導する勝さんは「文化を伝えるには後継者が必要。各地で復活ののろしが上がってくれたらうれしい」と期待する。

 遺産認定を地域活性化につなげたいと考える村も取り組みを支援する。育てたソバは1キロ900円と高値で買い取る予定だ。農林振興課は「伝統農法で育てられた在来種のそば粉をブランド化し、付加価値を付けて販売していきたい」と意気込む。

日本農業新聞

最終更新:9/26(月) 7:00

日本農業新聞

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