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日本統治の名残…台湾の観光スポットで琉球松ピンチ

沖縄タイムス 9/26(月) 14:00配信

 【仲地清通信員】台湾の花連市松園街の小高い丘で、ひときわ目立っていた樹齢100年クラスの琉球松群が年々減少しており、訪れる市民や観光客が「何か良策はないものか」と心配している。

 日本の台湾統治時代、台湾に林業を広めようと自然環境や土質が似ている沖縄から塩害と風に強い琉球松の幼木を移入し、花蓮市の小高い丘、海岸沿いに植林した。海岸沿いでは根付かなかったものの、小高い丘では樹齢100年の古木に育ち、約100本が残った。

 現在、一帯は花蓮市が売り込む観光スポットとなり、中国から観光客、地元の若い人々のデートの場所になっている。琉球松群は遺跡と一体となって静かな雰囲気を醸しだし、多くの人々が好んで訪れる。

 琉球松をバックに結婚式の記念撮影をする場所にもなっており、見学に訪れた台北大学教授の陳志華さんは「琉球松は美しい。歴史がある。ぜひ残してほしい」と話す。

 しかし花蓮市文化局が調査したところ、琉球松は2013年には60本、15年には25本まで減少。原因は「マツ材線虫、葉ふるい病、褐色根腐病」という。 

 花蓮の町と花蓮港が眼下に見下ろせる同一帯は、日本統治時代は「日本軍花蓮陸軍兵事部」があった。松で姿が隠れるため敵軍が日本軍基地として確認しにくい有利さがあったという。

 麓には日本軍将校の官舎跡「将軍府」、花蓮港分屯大隊基地(現在は花蓮県憲兵隊)があったほか、放送局や水道局もあった。丘の中心には将校クラスの社交場、和洋合式「松園別館」が完全な形で残った。

 終戦後、「松園別館」は台湾国軍の管理に置かれ、1947年から米軍事顧問将校用のレジャー施設として使われた。日本の軍事建造物が残る歴史遺跡として2001年「台湾政府の歴史百景」、02年「花蓮市歴史建造物」に指定された。

 「松園別館」を管理する「祥瀧股☆(人ヘンに分)有限公司」の盧貞宜さんは「マツクイムシを退治する薬で効果が出てきた」とし、「芝の中に入ると土が踏み固められ、根まで水が届かない」との注意書きを出すなど保護に取り組んでいる。

最終更新:9/26(月) 14:00

沖縄タイムス