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【ネタバレ注意】沖縄も舞台 映画『怒り』の原作者・吉田修一さんインタビュー

琉球新報 9/27(火) 17:45配信

人を「信じる」とは―
 渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、宮﨑あおい、妻夫木聡…。誰の名前を先に書いていいのか悩むほど豪華すぎる顔ぶれの映画『怒り』の上映が9月17日、那覇市のシネマQで始まりました。映画の舞台は千葉、東京、そして沖縄―。犯人未逮捕の殺人事件を軸に、米軍基地にまつわる沖縄の諸問題、LGBT、風俗、人間関係の希薄さなどの難しいテーマを絡めながら、3つの“純愛”を切なく描いた大作です。原作者で芥川賞作家の吉田修一さんに作品や映画、沖縄への思いをお聞きしました。(以下、敬称略)

 小説も映画も、ストーリーは東京・八王子で若い夫婦2人が殺された殺人事件から始まります。犯人未逮捕のまま1年が過ぎ、千葉、東京、沖縄の地にそれぞれ、経歴不詳の3人の男が現れます。千葉の港町では父・洋平と娘・愛子の前に田代という青年が、東京では大手企業に勤める優馬の前に直人という青年が現れます。沖縄では、母親の事情で本土から引っ越してきた女子高生・泉が、無人島で田中という男に遭遇します。素性が分からない田代、直人、田中という3人ですが、少しずつ周囲の人々とつながりが生まれます。そんな折、テレビの公開捜査番組で、殺人事件の犯人が整形して逃亡を続けているという情報が繰り返し流されます。

人が信じられなくなる瞬間

―小説「怒り」の発案は、2007年に実際にあった殺人事件だったと伺いました。

吉田 : 事件そのものというより、事件後に逃亡している間に公開捜査番組があって、通報者が数多くあったと聞いたんです。それを知って、身近な人を殺人犯かもしれないと思う、「信じられなくなる瞬間」ってどんな感じなのかな、というところが始まりです。そんな感じの話を書きたいと思ったんです。

―初めは凄惨な殺人事件のミステリーとして読み進めていったんですが、犯人が誰かという小説じゃなかった。人を信じられなくなる気持ちや怒り、逆に信じていた人に裏切られた怒りとか、人が人を信じる難しさを突き付けられているような気がしました。

吉田 : おっしゃる通りです。ミステリー作家ではないので、犯人捜しはそんなに重要だと思っていなくて、3カ所にいる人たちの話をちゃんと書ければいいなと思っていた。渡辺謙さんがよく「3カ所の純愛の話なんですよ」とおっしゃっていた。本当にそうだなと。それぞれに純粋な、いろんな形の愛があるっていうことを自分は書いてきたんだなと、映画になってあらためて気が付きました。

―千葉、東京、沖縄の3つの舞台とストーリーが絡み合っていかないことに衝撃を受けました。それでも話がつながっていく。こんな小説読んだことないと思ったんですが、意図していたんですか?

吉田 : そこは考えていました。描きたかったのは犯人捜しじゃなかったので…。犯人捜しだと絡ませるんでしょうけど、それぞれの場所で生きている人たちの話なので、普通は絡まないですよね(笑)。

「自分ができる範囲で必死に想像した」
―沖縄県民の立場だからか、全体を通して沖縄のエピソードが非常に重要だと感じました。新聞小説として「怒り」の連載が始まったのが2012年10月、ちょうど沖縄にオスプレイが配備された時期と重なります。泉は米兵と思われる外国人にレイプされ、泉に恋心を抱く辰哉の父親は米軍基地の反対運動に参加している設定です。「声を上げて変わるのか」「警察に頼っても国に頼っても誰も助けてくれないだろ」といったせりふなど、沖縄の人が常に感じていることを代弁してもらっている印象があります。

吉田 : 自分は沖縄の人じゃないので、自分なりに、自分ができる範囲で想像しなきゃいけないと思い、必死でやりました。もちろん外側から見ているところもあるので、完璧ではないでしょうけど、自分の問題として想像して考えてみるってことは自分なりにやった。李相日監督も同じ思いで映画を撮ってくれたんじゃないのかなと思います。

―沖縄はテーマでもあり舞台でもあります。そこに向き合うきっかけはあったんですか?

吉田 : 一言でこれがきっかけというのはないけど、何かが引っ掛かってないと書かないですし…。じゃあ、これが引っ掛かって自分はこう思って…、ってはっきりしていれば逆に小説に書く必要はない。分からないから想像してみる、という小説家としての仕事をしただけです。

友だちの味方にだったらなれる
―沖縄の抱える重いテーマに挑まれた。沖縄との出会いはいつですか?

吉田 : 初めて沖縄に来たのは家族旅行で、1975年にあった海洋博覧会の時です。小学校低学年のころでした。2回目は高校生の時。水泳部だったんですが、何かの大会があって、みんなで一週間ぐらいいたんですよ。楽しかったな~。海に行ったりビーチに行ったり。一つ下の後輩がホテルの近くにあったマクドナルドの女の子に一目惚れしちゃったんですよ。それでプレゼントを買って告白するからって一緒について行って…。結局振られたんですけどね、楽しかったですよ~。(沖縄は)その時のイメージが強いですね。

―レイプされても事件を告発することを恐れる泉の姿や、基地反対運動に参加する父親を冷めた目で見る辰哉の言動など、沖縄の現実を必要以上に描きすぎず、でも、きちんと書かれていると感じました。今日(インタビュー当日は9月22日)も米軍機が沖縄近海に落ち、5月にはうるま市で米軍属女性暴行殺人事件がありました。そんな沖縄の現状は、吉田さんの目にはどう映っていますか?

吉田 : 難しいですね…。難しいな…。僕にとっての沖縄って、17歳の時のイメージなんですよ。喜怒哀楽をもった楽園っていうイメージなのかな。(基地問題などの)ニュースを見る時は怒りや悲しみが前面にくる。でも沖縄に遊びに行くときには、楽しかったり喜びだったりする方の感情がボーンとくる。振れ幅が大きい。

 僕なんかが沖縄を語ることはできないです。ただ、小説にも映画のせりふにもあるんですけど、「沖縄の味方になる」なんてことは言えないけど、僕の身近にいる(沖縄出身の)友だちの味方だったらなれそうな気がします。立ち上がれない人が持っている怒りもあると思います。声を荒げていない人たちが怒っていないかというと、そうでもないということ。いろんな怒りがあるんだなと思います。

沖縄から抜てき、辰哉役の佐久本宝さん
―オーディションで選ばれたという辰哉役の佐久本宝さんは、演技初挑戦とは思えない演技でした。

吉田 : びっくりしますよね。去年の今ごろ、ちょうど沖縄で撮影している時に初めて会ったんですけど、度胸がすごいんですよ。完成した映画を見ても、森山未來さんと一緒にいても負けてないというのが驚きですよね。

―物語の中でも重要な役柄ですよね。あの役は沖縄の子にしか演じられなかったと思う一方、沖縄の子があの役柄によく立ち向かったなと思います。

吉田 : 一番重要っていってもいいぐらい重要な役ですよ。本当にすごく頑張ったし、才能なんでしょう。ただただ、驚いています。

―あらためて沖縄の読者にメッセージを。

吉田 : 沖縄の人に特別に伝えたいってことではないですが、やっぱり沖縄は好きな場所なんですよね。ただそれだけです。逆に沖縄の方が小説を読んだり映画を見たりして、どう感じられたのか聞いてみたいです。

(聞き手・佐藤ひろこ、大城徹郎)

◆映画『怒り』公式サイトはこちら


吉田修一(よしだ・しゅういち) 1968年長崎県生まれ。97年に『最後の息子』で文学界新人賞を受賞し、デビュー。2002年には『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞。『パレード』は後に行定勲監督により映画化された。07年朝日新聞に連載していた『悪人』で第61回毎日出版文化賞と、第34回大佛次郎賞を受賞する。その他主な著書に『さよなら渓谷』、『横道世之介』などがある。


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琉球新報社

最終更新:9/27(火) 19:06

琉球新報