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【凱旋門賞・銀メダル馬】1999年エルコンドルパサー 半年前から乗り込み体は“欧州馬に”なっていたが…

東スポWeb 9/27(火) 21:32配信

【凱旋門賞(日曜=10月2日、仏シャンティイ競馬場芝2400メートル):銀メダル4度 世界の頂点に迫った日本馬(連載1)】日本馬が何度もはね返されてきた歴史と伝統の凱旋門賞。過去の日本馬4度の“銀メダル”を連載でお届けする。

 1969年のスピードシンボリの初挑戦(着外)以来、延べ19頭の日本馬がはね返されてきた高くて厚い壁――それが世界最高峰の凱旋門賞だ。それでも険しいその頂に限りなく近づいたチャレンジャーは3頭もいる。99年エルコンドルパサー、10年ナカヤマフェスタ、そして12、13年のオルフェーヴル。彼ら“銀メダリスト”たちの足跡を振り返りつつ、今年のマカヒキの可能性を探ってみたい。

 99年、史上4頭目の日本馬挑戦となった「チーム・エルコンドルパサー」の戦略は、過去に倣い“欧州馬”になることがその根幹にあった。渡仏は凱旋門賞から約半年前となる4月中旬。足慣らしのGIイスパーン賞こそ2着だったが、その後のエルコンドルパサーは見違えるような適応力を示した。「日本にいる時とは走り方、それに伴う筋肉の付き方がまるで違ってきた」

 二ノ宮敬宇調教師が感嘆の面持ちで当時を語る。2戦目のG�サンクルー大賞は2馬身半差の完勝。前哨戦のフォワ賞もクビ差で勝利し、かつてない可能性を秘めて大一番に駒を進めた。

 レースは果敢にハナに立ち、セーフティーリードにさえ映った直線残り400メートル。馬群を抜けて襲い掛かってきたのが仏最強馬モンジューだった。蛯名とエルコンドルの必死の抵抗もむなしく、ゴールでは半馬身差の2着。歴史は覆らなかった。

「モンジューの最終追い切りを見た時に、負けたと思った。向こうは馬なりで流したが、極限状態を求めて、こちらは強く追った。アウェーの意識…。エルコンドルは、すっかり向こうの馬になり切っていたが、人間の方は、そうはいかなかった」

 二ノ宮調教師は当時をこう振り返ったが、この挑戦は11年後の凱旋門賞へとつながっていく。

最終更新:9/27(火) 21:39

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