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名ランナーゆかりの市場に幕 北九州の天籟寺市場

qBiz 西日本新聞経済電子版 9/27(火) 11:30配信

君原さん「古里だった」

 メキシコ五輪マラソン銀メダリストの君原健二さん(75)=北九州市=の父福市さん(故人)が、約30年前まで小間物店を営んでいた同市戸畑区の天籟寺(てんらいじ)市場が、老朽化に伴い10月末で営業を終える。十数年前に88歳で亡くなった福市さんの店の看板は、市場の仲間が保管していたが先日、君原さんに手渡された。往年の名ランナーは「古里がなくなるようです」と惜しんでいる。

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 現在の戸畑区で育った君原さんは高校卒業後の1959年、八幡製鉄(当時)に入社しランナーとしての道を歩み始めた。活動拠点は鞘ケ谷競技場(同区)で、同年12月完成の市場の前を通り、練習に通った。

 築57年のビル1階にある市場。開業時は福市さんの店のほか、青果や鮮魚など約30店が入居。戸畑には58年、最新鋭の製造所が完成し、人口は10万人に達した。開業当初から茶専門店を営む山根茂之さん(80)は「通路で身動きが取れなくなるほどのにぎわいだった」と振り返る。

 君原さんは64年の東京五輪代表に選ばれる頃までは「会社帰りに訪れ、店番にも立った」と振り返る。「苦しい修行のような毎日」で、つかの間の憩いの場でもあった。店主たちの応援も受け、66年に米ボストンマラソンを制し、2年後のメキシコ五輪で悲願の表彰台に立つ。「市場中が沸いた。天籟寺の誇りだった」(山根さん)。世界的ランナーに駆け上がった君原さんの姿は、戸畑の活況も象徴していた。

 その後、“鉄冷え”の時代を迎えた戸畑では後継者不足もあり、市場の店舗数も激減。82年には福市さんも店を閉めた。山根さんは「市場に貢献した君原さん親子の足跡を残したかった」と、残された看板を大事に保管してきた。

 戸畑の人口は今、6万人を割った。天籟寺市場に残るリサイクル店などは次々と閉店し、10月末まで営業するのは山根さんだけだ。山根さんは「多くの人に支えられ、最後まで見届けることができた」と話す。君原さんは「気に掛けていた市場の閉店は寂しい限り。看板を見て思い出がよみがえった」と感慨深げに話した。

西日本新聞社

最終更新:9/27(火) 11:30

qBiz 西日本新聞経済電子版

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