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過去最高! 新江ノ島水族館がV字回復したワケ

ITmedia ビジネスオンライン 9/28(水) 8:50配信

 「キャー、なにこれ!? スゴーい!!」「うわー、キレイ!!」といった歓声が、ひっきりなしに聞こえてくる水族館がある。神奈川県藤沢市にある新江ノ島水族館(以下、えのすい)だ。

【約8000匹のイワシ!】

 一度でも足を運んだことがある人であれば、記憶に残っているかもしれない。入口のゲートをくぐって、まず目に入ってくるのが、どーんと広がる相模湾の景色である。左に目をやると江ノ島を見ることができ、右に目をやると富士山を望むことができる。絶好のロケーションにある「えのすい」に、ここ数年たくさんの人が押し寄せているのだ。なぜか? その疑問にお答えする前に、水族館の歴史を簡単にご説明しよう。

 えのすいの前身・旧江ノ島水族館は1954年に誕生。映画会社「日活」の社長(堀久作氏)がドライブの途中で片瀬海岸西浜に立ち寄った際、「この地にふさわしい水族館をつくりたい」と考えたのが始まり。「へー、そんなに昔からあるんだ。でも、終戦後10年も経っていないころにつくったモノだから、たいしたことはないんでしょ」と思われたかもしれないが、実は結構スゴいのだ。

 戦前の水族館は、季節限定でオープンしていた。どういうことか? 水温を一定に保つ技術がなかったので、例えば「春から秋まで営業しますね」といった感じで、冬はお休みしていたのだ。ところが、えのすいは当時の最新技術を導入して、一年中オープンすることに。また、いまや水族館になくてはならない「イルカショー」「イワシの群泳」「クラゲの常設展示」などは、すべて“えのすい発のアイデア”である。

 近代的な水族館をウリにしていたが、月日の流れに逆らうことはできず、建物は老朽化。珍しい魚や人気のある生物を展示することで、なんとか営業を保ってきたものの、来場者数はジリジリと減少していった。「このままではイカン。かつての栄光を取り戻さなきゃ、ダメだ」ということで、2004年に現在の水族館が完成。初年度の来場者数は180万人と見事に“再生”を果たしたものの、その後は再びジリジリと減少していき、2013年は130万人ほどに低迷していた。

 こうした数字を目にすると、「そりゃあ、日本にはたくさんの水族館があるからね。リピーターはなかなか増えないよ」と思われたかもしれないが、2014年にV字回復。来場者数は172万人に。その勢いは衰えず、2015年は183万人と過去最高を記録したのだ。さらに、今年も過去最高を上回るペースで来場者数が推移している。

 ここ数年、えのすいで何が起きたのか。なぜ多くの人が足を運んだのか。広報室長の高井純一さんにその理由を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●えのすいの来場者数、目標達成

土肥: 新・えのすいの前身・旧江ノ島水族館は1954年に誕生して、当時は「近代的水族館 第一号」と呼ばれていたそうですね。それまでの水族館にはなかった、水を循環させる装置を設置したり、水温を一定に保つ機械を導入することで、温かい水や冷たい水に住む生き物を一年中展示することが可能になったそうですね。当時は、どのような魚を展示していたのでしょうか?

高井: 「世界中の珍しいモノを見たい」という人が多かったので、アマゾン川のピラニアや電気ウナギ、アフリカのハイギョなどを展示していました。もちろん、相模湾に生息する生物も展示していたのですが、「日本で見ることができない生物を見たい」といった欲求が強く、それを満たしてくれるのが「水族館」だという風潮が強かったですね。カラフルな熱帯魚も人気がありました。

土肥: そうした時代が長く続いたのですか?

高井: 時代とともに人気の生物は変化していったのですが、昭和60年代にはテレビで動物番組がたくさん放映されていました。エリマキトカゲ、ウーパールーパー、ラッコなどが流行っていました。旧江ノ島水族館でもカナダのバンクーバー水族館で繁殖したラッコを展示したところ、ものすごく人気が出たんですよ。

 ラッコを展示したことで、来場者数は年間60万人ほどに回復しましたが、そのブームが一段落すると、再び来場者数が減少していき、リニューアル前の2003年には30万人ほどに。

土肥: 2004年にリニューアルオープンしたわけですが、その年の来場者数は?

高井: 180万人ほどですね。ラッコを展示した1985年の来場者数は60万人。旧施設の延床面積に比べて、新しい水族館は3倍になるので目標の来場者数は60万×3=180万人を掲げました。

土肥: 無事に、目標を達成することができたわけですね。展示スペースが3倍になったから、人も3倍になった……という理屈は分からなくもないのですが、それでしたらスペースが5倍になったら、来場者数も5倍になるという話はなんかおかしい(苦笑)。新しい水族館になって、お客が3倍に増えた理由は何だったのでしょうか? 世界に一匹しかいない魚を手に入れたとか?

●大水槽の主役は「イワシの群れ」

高井: 旧施設には毎年のように投資をしていました。珍しい生物などを展示して、なんとか運営を続けてきましたが、何か物足りなさがあったのでしょう。お客さんがどんどん減っていく中で、私たちができることは何かを考えました。新しい水族館の大きさは、タテ200メートルほど、ヨコ40メートルほど。そのスペースの中で、工夫をする必要がありました。水族館で人気のある魚といえば、ジンベイザメやマンタなどを想像されるかもしれませんが、新施設ではそうした人気の魚で勝負しないことを決めました。

土肥: いまのえのすいは2004年にオープンしました。その翌年に、沖縄美ら海水族館がオープンしていますよね。あちらは規模も大きくて、ジンベイザメがマンタが泳いでいます。失礼な話ですが、えのすいの大水槽に比べて、沖縄美ら海水族館の大水槽はものすごく大きい。「沖縄にどでかい水族館ができるぞー」と言われていた中で、えのすいは何をウリにしたのでしょうか?

高井: 相模湾に生息する生物ですね。水族館の目の前にある相模湾は、イワシの漁場。大水槽の主役は「イワシの群れでいこう」と決めました。

土肥: 普段、家で食べる魚ですよね。それを主役に?

高井: 頭の中で考えると「地味じゃない?」と思われても仕方がないかもしれません。でも当時の水族館で、イワシを主役に抜てきしたところはなかったんですよね。不安もあったのですが、実際に見てもらったところ、お客さんからは「知っている食用魚なのに、見ているとおもしろい」「同じ動きをしないので、見ていて飽きない」といった声がありました。

土肥: ふむ、確かにイワシの大群が泳いでいる姿ってキレいですよね。キラキラしていて。ところで大水槽の中には、イワシが8000匹ほどいるんですよね。そんなにたくさんのイワシをどのようにして手に入れたのでしょうか?

高井: 最初のころはさまざまな漁師さんや業者の方にご協力いただきました。ただイワシに限らず、他の魚もそうなのですが、実は地元の漁師さんから手に入れるケースが多いんです。

土肥: なんと、なんと。

高井: 漁に出られて、珍しい生物が網に引っ掛かることがあるんですよね。そうしたときに、漁師さんに「えのすいが喜んでくれるから、採っておこうか」と思っていただかなければいけません。私たちが「○○という魚が欲しい」と思っても、手に入れることって難しいんですよね。その魚だけを釣ることは難しいですし、その魚だけを網ですくうのも難しい。あまり知られていないかもしれませんが、地元の漁師さんたちとの良好な関係がなければ、水族館って運営することが難しいんですよね。

 いまは、生きたイワシを扱う業者がありますが、当時はなかったので、地元の漁師さんにお願いしていました。網の中で死なないように丁寧に採っていただいて、生きたまま水族館まで運んでもらいました。

土肥: イワシって何年くらい生きるのですか?

高井: 寿命は数年ですね。大水槽の中には8000匹ほどいるので、このボリュームを維持するために定期的に補充しています。初期のころは輸送状態によって、コンディションがよくないイワシもいました。いい状態を維持するのは難しいのですが、現在はかなり安定してきました。年に4~5回補充しているので、お客さんが「あれ? イワシが少ないなあ」と感じることはないと思います。ちなみに、補充するのはゴールデンウイークや夏休みといった長期休暇の前が多いですね。

●夜のイベントが大ヒット

土肥: さて、前置きが長くなりましたが、この2~3年えのすいの来場者数が増えていますが、その理由を教えていただけますか?

高井: 常時、さまざまな企画展などを行っているので、「お客さんが増えた理由はこれだ!」とはなかなか言いにくい部分があるのですが、最大の理由は「ナイトアクアリウム」(現在は「ナイトワンダーアクアリウム」)だと思います。2014年7月、夜の水族館を舞台にプロジェクションマッピングを使ったイベントを実施しました。いまではいくつかの水族館でプロジェクションマッピングを使った演出をされていますが、当時はどこもしていなかったんですよね。

 このイベントを始めたところ、夜の来場者が増えました。2014年は33万人、2015年は40万人がお越しになられた。

土肥: 考えてみれば、いまの時代に「夕方の5時に閉館します」というのは、かなりの機会損失ですよね。夜も営業していれば、仕事が終わったビジネスパーソンも水族館で魚を見て、食事に行くことができる。それにしても、このナイトワンダーアクアリウム……派手ですねえ。プロジェクションマッピングなので照明が明るくなったり暗くなったりするのは仕方がないとしても、音はちょっと大きすぎませんか? こんなに大きな音を出したら、水槽の中で泳いでいる魚がびっくりするのでは?

高井: いえ、驚いていません(きっぱり)。水槽の中を見ていただけますか? 大きな音にびっくりして、ヘンな動きをしている魚はいませんよね。

土肥: (じーっと見て)確かに。

高井: できるだけ生き物に迷惑をかけないように、夜のイベントを行っています。この点については、最も注意しました。音や照明に魚が驚いて、違う動きをしたり、暴れたり、落ち着きがなくなったり、そのような行動をする企画は水族館で行ってはいけません。

土肥: うーん、でも「釣りをしている近くでは走ってはいけない」と言われますよね。魚はそれほど音に敏感だから、釣りをしている近くではそーっと歩かなければいけない。でないと、魚が逃げてしまう。でも、この夜のイベントは大きい音を流していますが、本当に魚はストレスを感じていないのでしょうか?

●魚はストレスを感じていない

高井: ないですね(再び、きっぱり)。よーく見てください、スピーカーは水槽のほうを向いていませんよね。水槽を見ているお客さんのほうを向いています。人間だけに聞かせる、という空間をつくっています。

 照明については、急に明るくすると、びっくりする魚もいるんですよね。でも、ご覧いただいている通り、暴れている魚はいません。魚が気にならない程度に、照明の明るさも調整しています。

土肥: 過去に、こんな企画をやったけれども、魚がヘンな動きをしたから中止になったというケースはあるのですか?

高井: 水族館の担当者は魚のことを知り尽くしているので、「これをやっちゃダメ」「ここまではOK」ということをよく理解しています。だから「これをやっちゃダメ」ということは絶対にしません。華やかな演出をすれば、お客さんは増えるかもしれない――。集客力のあるイベントをやれば、リピーターが増えるかもしれない――。でも、生き物がストレスを感じるような企画を実施したことはないです。

土肥: 「これはNG」という企画は、どういったものになるのですか?

高井: いくつかあるのですが、例えば、水槽の中に水族館以外の人が入るのは基本的にお断りしています。「水槽の中に入って撮影をしたい」という声をいただくことがあるのですが、そうした場合には、トレーニングを積んでいただかなければいけません。水族館の担当者もカメラマンになるトレーニングを経験しているんですよね。水槽の中で撮影する際には、水槽の中をよく知っていただいてから撮影してもらっています。

●アイデア次第で来場者数は増える

土肥: 繰り返しになりますが、えのすいにはジンベイザメがいない。世界に一匹だけという生物もいない。他の水族館のような巨大水槽もない。そうした条件の中で、アイデアひとつで来場者数を増やすって、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)のようですね。

 いまでこそ絶好調のUSJですが、来場者数の減少に歯止めがかからない時代がありました。当時は予算が少なかったので、ハリーポッターのような大きな施設をつくることができなかったそうです。そこでUSJは何をしたか。いまあるモノを活用しました。例えば、ジェットコースターの座席を進行方向と逆向きに設置しました。それが大人気となって、いまでは常設のアトラクションになりましたよね。

高井: 水族館ではその昔、珍しいモノ、世界に一匹しかいないモノが注目されていました。しかし、いまはそういう時代ではないんですよね。相模湾に生息するイワシでも、紹介の方法によって「おもしろいなー」と感じていただける。

 また、展示期間が短い生物も人気があるんですよね。例えば、メンダコ。深海性がある生き物ですが、長期的に飼育することが難しい。特に珍しいモノでもないので、ニュースとして発表することも難しい。しかし、SNSを使って「メンダコを採取しました。今日から展示していますが、いつ終わるか分かりません」といった情報を発信すると、たくさんのお客さんが来られるんですよね。

土肥: 昔と違って、集客の方法が変わってきた?

高井: ですね。昔は「目玉生物を新たに投入しました」「このエリアをリニューアルをしました」といった点をアピールしなければ、お客さんが増えないといった傾向がありました。もちろん、いまでも目玉生物は必要ですし、エリアのリニューアルも必要なのですが、それだけではなくなってきました。先ほども申し上げたとおり、営業時間を伸ばして、音と照明の演出によってたくさんのお客さんに来ていただける時代になったんですよね。

土肥: 水族館って、必ずしも「たくさん見るモノがなければいけない」「珍しい生物がたくさんいなければいけない」「巨大な水槽がなければいけない」というわけではないと。アイデア次第で、お客さんはたくさん来られると。

高井: 大きな水槽でなくても、小さな水槽でも勝負できると思うんですよね。例えば、クラゲの水槽はそれほど大きくはありません。でも、お客さんからは「クラゲの水槽がきれいだった」という声が多いんです。分かりやすい説明、分かりやすい展示などによって、お客さんにどれだけ伝わるかが大切なのではないでしょうか。

●「おいしそう」は称賛の言葉

土肥: 今回の取材は、高井さんと水族館を回りながら話を聞かせていただきました。関西出身のワタクシとしては、どうしてもこのひとことを言いたくなるんです。

高井: 何でしょうか?

土肥: 関西で住んでいるカップルは水族館でデートをしたあとに、このような会話をすることがあるらしいんです。

彼氏: さっき見たアジって、おいしそうやったなあ。

彼女: ウチはウナギを見て、蒲焼を想像したわ。

彼氏: ほな、これから寿司食いに行く?

彼女: めっちゃ、うれしい! 行こ、行こ!

 実際に、こうしたやりとりを聞いたことはないのですが、この話を関西出身の人にすると「分かる、分かる。寿司を食べたくなる」といった声をよく聞くんですよね。でも、関西出身以外の人に聞いたら「え~、残酷」といった感じで、軽蔑のまなざしを向けられました。水族館で魚を見て、そのあとに寿司を食べたくなる心理ってどのように思われますか?

高井: いいですねえ! 魚を見て「おいしそー」「うまそー」と感じていただけるということは、元気な魚を見ている証拠だと思うんですよ。

土肥: 確かに。死んだような魚の目を見ても、食欲はわきませんよね。「今日は焼肉屋に行くか」となるかもしれない。

高井: 「寿司屋に行こう、行きたい」と思うのは、活きのいい魚を見ているから。そして「食べたい」「おいしそう」という会話は、私たちスタッフにとって“称賛の言葉”になります。

土肥: なるほど。えのすいでは、シラスを展示していますよね。さっき目にしたとき「食べたいなあ」と思っていたんですよ。

高井: ぜひ、シラス丼でも。

(終わり)

最終更新:9/28(水) 12:35

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