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イチローも悲しむ同僚の事故死 「悲劇」で語った大物たちの言葉とは

ITmedia ビジネスオンライン 9/28(水) 11:40配信

 日米ともにプロ野球界のレギュラーシーズンがいよいよ大詰めを迎えつつある。日本では北海道日本ハムファイターズが最大11.5ゲーム差を跳ね返し、ついにマジック1でパ・リーグ優勝に王手。そしてメジャーリーグでも前田健太投手の所属するロサンゼルス・ドジャースが25日、ナショナル・リーグ西地区4連覇を達成した。

【チーム全員が背番号「16」のユニフォームを着用】

 しかし、こうした華々しいムードに包まれる中、悲しくショッキングなニュースが野球界に入ってきてしまった。

 マイアミ・マーリンズのエース右腕、ホセ・フェルナンデス投手が25日未明、ボート事故で突然の死去――。メジャーリーグを代表する24歳右腕の非業の死に全米中が深い悲しみに包まれた。ここまで今季16勝8敗、防御率2.86、253奪三振をマークし、今年7月には球宴にも自身2度目の出場を果たしたばかり。その年に最も活躍した両リーグの投手に送られる「サイ・ヤング賞」の受賞候補にも挙げられそうな素晴らしい活躍ぶりだった。

 メジャーリーガーになるという大志を抱き、15歳で母国キューバから母親、妹とともにボートで脱出。過去3度失敗して囚われの身となり、刑務所に服役する苦難に見舞われながらも諦めずに4度目でようやく米国への亡命に成功した。海を渡る際、荒波によってボートから投げ出された母親を自ら飛び込んで助け出したという逸話もある。心優しい少年は、フロリダで新生活をスタートさせ、現地の高校に通い、2011年のドラフトで1位指名したマーリンズへ入団。2013年のメジャーデビューからメキメキと頭角を現すと、あっと言う間に人気者になった。

 誰からも慕われる好青年だった。チームのエース、そして世間からスーパースターと呼ばれるようになっても決しておごることはなく、いつも明るく陽気で誰とでも気さくに話した。チームメートのイチローを心から尊敬し、嬉々としながら「イチローがそばにいるなんて夢のようだ。彼はボクにとって神様なんだよ」と公言していたほど。そんな愛くるしいフェルナンデスをイチローも投手と野手でポジションは違えどもまるで弟のようにかわいがり、一目置いていた。

●監督の言葉

 もちろん、イチローだけではない。チームを預かるドン・マッティングリー監督はフェルナンデスの余りにも早過ぎる死について、こう述べた。

 「チームメートの中で、いやこの世の中においてホセのことを悪く言うヤツなんて1人もいるはずがない。彼はマウンドに上がればゲームを支配するだけでなく、クラブハウスでも大きな存在感を発揮してくれていた。いつも1人1人に気を配りながら接し、そして自らのピッチングでも皆を勇気付けてくれる。ときにはジョークも言って我々に笑顔をプレゼントしてくれたし、一方でチームが暗く沈んでいるときは熱い言葉を投げかけてムードを一変させてくれたりもした。

 ホセがいるだけで、本当にムードがよくなるんだよ。あんな素晴らしいナイスガイはどこにもいない。我々は……とてつもない大きな……本当に大きな盟友を失ってしまった。この……悲劇的過ぎる知らせは、とても……どうあっても……受け入れられるものではない」

 会見で指揮官が涙を流しながら最後に言葉を詰まらせる様子は、全米の各メディアでも大きく報じられた。そのマッティングリー監督のメディア対応を同じ会見場の隅でチームメートやスタッフとともに沈痛な面持ちで見つめるイチローの姿も米スポーツ専門局『ESPN』の映像に映し出されていた。とても辛く悲しいシーンであったのは言うまでもあるまい。

 フェルナンデスの死から一夜明けた26日の試合はメッツ戦。前日の試合は中止となったが、この日は本拠地マーリンズ・パークで追悼試合として行われた。球場周辺にはファンによる献花、写真、ボールなどが置かれ、深い悲しみに包まれる中でのプレーボール。永久欠番となることが決まったフェルナンデスの背番号「16」と彼の名前が入ったユニフォームをチーム全員が着用し、マウンド後方には「16」の数字も描かれ、志半ばでこの世を去った24歳右腕とともに戦った。

 初回にいきなりディー・ゴードンが涙の先頭打者本塁打を放てば、代打で登場したイチローもキッチリとワンチャンスで左前打を放つなどマーリンズの誰もが全力で亡きエースに哀悼の意を示す姿に日本でも心を打たれた人はきっと多かったと思う。チームは7ー3で大勝した。

●ハンターやAロッドの言葉

 もう二度と、こんな悲しいことは起こらないでほしい――。フェルナンデスの非業の死のニュースを聞いたとき、そう思わずにはいられなかった。だが、ふと思い起こすと数年前にも将来を嘱望されるメジャーリーガー投手の不慮の死があったことに気付かされる。

 アナハイム・エンゼルスのニック・エイデンハート投手(享年22)が2009年4月9日、アナハイム近郊で知人とともにクルマに乗っていたところ、赤信号を無視して突っ込んで来たミニバンに衝突され、帰らぬ人となってしまった。7年半ほど前の悲劇だ。逮捕された犯人は運転免許停止中であり、アルコールも法律で定められた基準値を超える血中濃度が検出されるなど非常に悪質な暴走運転を凶行させていた。

 エイデンハートは2004年にドラフトで指名されたエンゼルスと契約。入団直前に右肘を痛める憂き目にあいながらも、トミー・ジョン手術と地道なリハビリによって克服し、2008年に待望のメジャーデビューを果たした。将来を有望視される未来のエースとして2009年に開幕ローテ入りを果たし、彼には素晴らしい未来が待っているはずだった。

 しかも、この若手右腕は事故に遭う前日に先発マウンドに立っており、6回無失点の好投を見せていた。つまり、好投した試合直後に不幸にも悲劇に見舞われてしまったのである。ショックに打ちひしがれながらも当時エンゼルスの中心選手だったトリー・ハンター(現在は引退)がメディアに対し、次のようにコメントしたことは深い悲しみにくれる多くの地元ファンからも共感を呼んだ。

 「自分を含め今一緒にプレーしている多くの選手たちは肉親や知人を亡くした経験がほとんどない。こんな事故が起こったことは辛く残念だけど、これも人生の一部であり、これが現実であることを受け止めなければいけない。毎日朝起きたとき、そして仕事に行く前に、家族にキスをするのはこういう理由があるということを忘れてはいけない」

 この当時、たまたま筆者は渡米していてメジャーリーグを取材中だった。ニューヨーク・ヤンキースの主力であった「Aロッド」ことアレックス・ロドリゲス(今季で引退を表明)が、このエイデンハートの悲報を聞き、こう口にしたことを鮮明に覚えている。

 「自分を含めプロフェッショナル・スポーツの世界に生きる人間を多くのファンは常人離れした能力の持ち主として崇(あが)めてくれている。それはある部分で事実かもしれないが、ある部分では間違い。我々は野球の世界では『スーパーマン』であっても、ひとたびグラウンドから離れれば普通の生活をする人間。決して不死身なんかじゃない。だから、こういう余りにも辛く悲しいことに現実として直面してしまう可能性がある。これは誰にでも起こりうることなんだ」

 エイデンハートの悲劇から約7年半後、メジャーリーグはまたも若き希望の星を突然の事故によって失ってしまった。まだまだやり残したことがたくさんあったであろう彼らの無念を思うと本当に辛い……。とにかく辛過ぎる。ただ今はハンターやAロッドの言葉を深く噛み締めながら、天に召された故人たちのご冥福をお祈りするしかない。合掌――。

(臼北信行)

最終更新:9/28(水) 12:24

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