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恋とは? 愛とは? 文豪・坂口安吾の心に刺さる「恋愛論」

TOKYO FM+ 9/28(水) 11:39配信

「女心と秋の空」……と申しますが、もともとは「男心と秋の空」「女心と春の空」という言葉が始まりです。まあ、どちらにしても人の心は移ろいやすく、男女の感情は本当に難しいですよね。今回は、そんな恋に悩んだひとりの文豪の本を紹介します。

人間の悩み事の大きな要素である「恋愛」。
恋に悩み、恋に生き……そしてその解決法は、昔も今も確立していません。
今回は恋愛について書かれた、あるひとつの文学から言葉を拾い出してみましょう。

その文学とは坂口安吾の「恋愛論」。
「白痴」や「堕落論」で有名な坂口安吾は明治生まれ。
人間の本質をえぐり出すような文章は、多くの人の人生に影響を与えてきました。
そんな彼の書いた「恋愛論」にはどんな言葉が詰め込まれているのでしょうか。

「恋愛というものは常に一時の幻影で、必ず亡び、さめるものだ、ということを知っている大人の心は不幸なものだ。」
若いうちは永遠の愛を信じていても、大人になればそんなものはないと知ってしまう。
安吾はそれを「不幸」と言っています。
また、「ほんとうのことというものは、ほんとうすぎるから、私はきらいだ。」とも。
恋に恋している間が一番幸せなのかもしれません。

そしてこんな言葉も。
「プラトニック・ラヴと称して、精神的恋愛を高尚だというのも妙だが、肉体は軽蔑しない方がいい。肉体と精神というものは、常に二つが互(たがい)に他を裏切ることが宿命で、(中略)どちらも、いい加減なものである。」
安吾はどうやら「浮気肯定派」。
ほかの作品で「誰しも夢の中で呼びたいような名前の六ツや七ツは持ち合せているだろう。一ツしか持ち合せませんと云って威張る人がいたら、私はそんな人とつきあうことを御免蒙るだけである。」と言っているので、少数派なのかもしれません。

自己流の恋愛論を語ったあと、彼は文章をこう結んでいます。
「孤独は、人のふるさとだ。恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、この外に花はない」
まっすぐと言い切るこの姿勢、まさに彼らしい一節です。

実は恋愛論はこんな言葉ではじまります。
「恋愛とはいかなるものか、私はよく知らない。そのいかなるものであるかを、一生の文学に探しつづけているようなものなのだから。」

安吾もわからない、恋の謎。
きっとこれからも、解き明かされることはないのでしょうね。

(TOKYO FMの番組「シンクロのシティ」2016年9月27日放送より)

文/岡本清香

最終更新:9/28(水) 11:39

TOKYO FM+