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日本企業の信用リスクは磐石か-CDSスプレッドの縮小トレンドに潜む不安材料

ZUU online 9/29(木) 16:30配信

■要旨

新しく「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」政策が導入されたことにより、社債等の信用リスクを内包する金融商品が注目される可能性がある。この問題意識から、本稿では安倍政権誕生後の日本企業の信用リスクの推移について分析を行った。

CDSスプレッドは長らく縮小傾向にあり、直近はここ数年間で最も縮小した状態にあるため、全般的に日本企業の信用リスクが改善してきたことを示唆している。

社債スプレッドを見ても全般的に日本企業の信用リスクが改善してきたことを示唆しているものの、CDSスプレッドほどの変化は示しておらず、2016年に入ってからは逆に拡大傾向にある。しかし、この点についてはマイナス金利政策の影響も考えられるため、信用リスクの悪化の兆候として捉えるには議論の余地がある。

財務分析から見ても、全般的に信用リスクが改善してきたことが分かるが、2016年期末のデータを見ると信用リスクの悪化の兆候が見られる企業も存在しており、CDS市場においてこの悪化の兆候が織り込まれていない可能性がある。

2016年に入ってから生じているCDSスプレッドと他の信用リスク指標との動きの乖離は、需給や政策といった複雑な要因も絡んでいる側面もあるため、信用リスクについては多面的な分析が必要になるものと思われる。

■「イールドカーブ・コントロール」がもたらす信用リスク分析の重要性

2016年9月21日に、日本銀行により「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」政策が新たに導入された。長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)によって日本国債の長短金利が-0.1%~0.0%あたりに低位安定するようなシナリオを投資家が想定する場合、利回り向上を狙って、10年未満のゾーンにおいて金利リスク以外のリスクプレミアムを取りにいくことも選択肢に入ってくるものと思われる。

例えば、社債やCLN(クレジット・リンク・ノート)等のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の売りポジションを内包した金融商品などで、信用リスク(*1)をとるという選択があげられる。このような信用リスクを内包する金融商品は10年未満の年限で最も取引されているため、ポピュラーな投資対象の一つになる可能性がある。

本稿では、このような問題意識から、日本企業の信用リスクについて着目してみたい。安倍政権誕生後は、円安・株高の効果もあり、日本企業の信用リスクが改善してきたように感じられる。実際に、帝国データバンクの調査(図表1)によれば、日本における倒産件数はここ数年間減少傾向にある。信用リスクが良好な環境下では、信用リスクを内包した金融商品から安定的に利回りを享受することができるため、魅力的な投資対象となる。

しかし、2015年半ばから株高・円安傾向にストップがかかっており、日本企業の取り巻く環境に変化が生じているようにも感じられる。仮に、投資対象の企業の信用リスクが悪化した場合には、そのような金融商品の価値が低下してしまい、損失を被ることに繋がる。また、長期保有を企図する場合は、長期的に信用リスクに問題がないか確認しておくことも重要となる。

信用リスク分析の領域で、しばしば利用される方法に「CDSスプレッド」「社債スプレッド(社債利回り-国債利回り)」「財務分析」等がある。本稿ではこれらの指標を利用して、日本企業の信用リスクの状況について、多面的に確認してみることにしたい。

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(*1)信用リスクとは、債権者から見て、企業等が債務(社債や借入など)の返済が行えず、現金を回収できなくなるリスクのことを指す。
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■CDSスプレッドから見た日本企業の信用リスクの状況

信用リスクをモニタリングする指標(リスク指標)としてCDSスプレッドがよく利用される。日本企業における信用リスクの状況を見る際には、日本における代表的なインデックスであるiTraxx Japanや個別企業のCDSスプレッドを参照することが多い。CDSは日々取引されていることから、最も早く信用リスクの情報を織り込む金融商品の一つと考えられている。

iTraxx Japan(5年)の推移である。iTraxx Japanは日本の主要な40社のCDSスプレッドを単純平均したものである。日本企業のCDSスプレッドは、ここ数年間において全般的に縮小傾向にある。信用リスクが悪化した際はインデックスの値が上昇し、信用リスクが改善した際にはインデックスの値が低下するため、日本企業の信用リスクが全般的に改善してきたことを示唆している

安倍政権が誕生した時点で約220bpあったiTraxx Japanは170bp程度低下し、2016年9月現在は約50bp近辺を推移している。これは、昨年の2015年4月以来の低い数値である。つまり、アベノミクスの期間において、iTraxx Japanは約4分の1になっており、理論的にはインデックスを構成している日本企業40社の倒産確率が平均的に4分の1になったことになる(*2)。

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(*2)CDSスプレッドが十分に低い値であれば、CDSスプレッドと倒産確率は比例関係になる。
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■社債スプレッドから見た信用リスクの状況

CDSスプレッドと同様に、信用リスクを含む市場データを観測する代表的な手段として社債スプレッドがある。社債利回りから国債利回りを差し引いた社債スプレッドには、信用リスクを主とした発行体特有のリスク関する情報が内包されていると考えられており、理論的にはCDSスプレッドとほぼ同等の数値になる(*3)。

iTraxx Japan(5年)と、日本証券業協会が公表している格付け別の5年社債利回りから財務省が公表している5年国債利回りを差し引いたスプレッドの推移(*4)を並べたものである。

安倍政権誕生時との比較では、社債スプレッドはAA格で37bpから31bpへ、A格で48bpから42bpへ縮小しているが、CDSスプレッドほどのスプレッドの縮小は見られていない。また、2016年に入ってから社債スプレッドは上昇傾向を示しており、CDSスプレッドとは逆方向に動いている。しかし、この点については、2016年1月に導入されたマイナス金利政策の影響を差し引く必要があるかもしれない。

5年国債の利回りについては追加緩和への期待などの影響もあってマイナス金利圏を推移しているが、社債の5年利回りについてはその影響を受けておらず、マイナス金利になっているものが少ない。よって、直近の社債スプレッドの上昇傾向については、日銀の政策要因による影響が無視できず、単純に信用リスクの悪化の兆候と捉えるべきかどうかについては議論の余地があるだろう。

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(*3)社債スプレッドとCDSスプレッドは理論的には同様の性質を持つものだが、厳密には倒産事由の数が異なる等の市場慣習の違いによって、CDSスプレッドの方が大きくなるのが通例である。
(*4)社債利回りと国債利回りに5年を選択したのは、iTraxx Japanと満期までの期間を合わせるためである。
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■財務分析から見た信用リスクの状況

CDSスプレッドや社債スプレッドように信用リスクの変化をすぐさま数値に織り込むわけではないが、財務分析を用いる方法もある。財務分析から信用リスクを捉える方法の一つとして信用スコアリングモデルが知られており、AltmanのZ Scoreモデルが有名である。

Z Scoreモデルでは、「運転資本(*5)」「剰余金(利益剰余金等)(*6)」「営業利益」「レバレッジ(=株式時価総額÷負債総額)」「売上高」の5つの財務指標にウェイトをかけ、それを分析対象のスコアとして信用リスクを測定する(*7)。Z Scoreが高いほど、分析対象の企業の信用リスクが低いことを示す。

iTraxx Japanを構成している銘柄のうち37社(*8)についてZ Scoreを計算したものである。構成銘柄の各CDSスプレッドの高低で異なる傾向を示したため、安倍政権誕生以降の各CDSスプレッドの月末値に関する平均値で分類した。

CDSスプレッドが相対的に低い構成銘柄(低CDSスプレッド20社)はZ Scoreの上昇傾向が継続しているが、CDSスプレッドが相対的に高い構成銘柄(高CDSスプレッド17社)はZ Scoreの上昇傾向が続いていたものの直近の2016年期末(*9)においてZ Scoreが低下している。

よって、AltmanのZ Scoreの観点で見ると、安倍政権誕生時から全般的に信用リスクは改善していると言えるが、低CDSスプレッド20社については信用リスクの改善傾向が維持されているものの、高CDSスプレッド17社については直近の会計期末において悪化したことになる。

よって、高CDSスプレッドの銘柄に信用リスクの悪化の兆候が見られるため、今後に注意が必要だということになる。ちなみに、この高CDSスプレッド17社に生じている悪化の兆候に関して、CDS市場では2016年以降は観測されていない。

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(*5)本稿では、運転資本に、現金と現金同等物の数値を含めている。
(*6)本稿では、剰余金に、利益剰余金(内部留保)だけではなく、その他の包括利益累計額も含めている。
(*7)本稿では、AltmanのZ Scoreを以下のように計算した。
 Z=1.2×F1+1.4×F2+3.3×F3+0.6×F4+1.0×F5
 (1)流動性指標: F1=[運転資本]/[総資産] = ([流動資産]-[流動負債])/[総資産]
 (2)収益性指標:  F2=[剰余金]7/[総資産]
 (3)収益性指標: F3= [営業利益]/[総資産]
 (4)レバレッジ: F4=[株式時価総額]/[負債総額]
 (5)回転率: F5=[売上高]/[総資産]
教科書上は、Z Scoreが3.00以上であれば「健全な企業」、1.81よりも小さいときは「倒産状態または倒産に向かっている」と判定されるが、国や業種等により特徴が異なるため注意が必要である。
(*8)運転資本が計算できない金融機関(2社)と連続的に5年間のデータが取得できなかった企業(1社)を除いた。
(*9)会計期末が12月末の構成銘柄については、翌年度の会計期末の計算に含めている。
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Z Scoreにおける個別の財務指標の推移についても確認しておきたい。2012年度との比較では、それぞれの財務指標の変化は、「運転資本」が増加(低CDSスプレッド20社:+1.2%、高CDSスプレッド17社:+2.6%)、「剰余金(利益剰余金等)」が増加(低CDSスプレッド20社:+5.4%、高CDSスプレッド17社:+3.4%)、「営業利益」が増加(低CDSスプレッド20社:+0.3%、高CDSスプレッド17社:+1.2%)、「レバレッジ」が改善(低CDSスプレッド20社:+18.2%、高CDSスプレッド17社:+7.1%)、「売上高」がほぼ横ばい(低CDSスプレッド20社:-5.1%、高CDSスプレッド17社:+4.2%)である。

よって、アベノミクス下において、レバレッジの改善がZ Scoreの上昇に最も寄与してきたことが分かる。レバレッジの改善には株式時価総額の上昇が寄与しており、つまり、Z Scoreの観点から見ると、株式時価総額の上昇が日本企業の信用リスクの改善に最も寄与してきたことになる。

次に、高CDSスプレッド17社の直近の会計期末におけるZ Scoreの減少について原因を探ってみたい。各財務指標の推移から、主に「剰余金(利益剰余金等)」「営業利益」「レバレッジ」の3つが減少したことに起因していることが分かる。

つまり、高CDSスプレッド17社のZ Scoreの悪化は、「営業利益の減少」や円安等の影響によって「剰余金(利益剰余金等)の減少」が生じており、昨今の株安と資金調達需要による影響もあいまって「レバレッジが悪化」しているのが原因だと考えられる。一方で、低CDSスプレッド20社については、高CDSスプレッド17社と並べてみても特に悪化している状況はどの財務指標においても見られない。

また、本稿におけるZ Scoreの分析において、特徴的な動きを見せているのが「売上高」である。売上高に関して、低CDSスプレッド20社と高CDSスプレッド17社の関係に逆転現象が見られる。つまり、信用リスクが高いと考えられる企業の方が総資産に対する売上高の比率が大きく、AltmanのZ Scoreモデルの観点で「信用リスクが低い」ことを示していることになる。

しかし、低CDSスプレッド20社との比較で総資産に対する営業利益の比率が低いため、高CDSスプレッド17社は、売上に対して相対的に利益が上がっていない(収益性が低い)ことに注意しなければならない。

さらに、2012年度との比較で見ると、売上高に関して、高CDSスプレッド17社は4.2%上昇しているが、低CDSスプレッド20社では5.1%減少しており、一方で、営業利益に関して、高CDSスプレッド17社で1.3%、低CDSスプレッドで0.3%上昇している。よって、高CDSスプレッド17社において売上高の上昇をそのまま営業利益の上昇に繋げられていないことが分かる。

また、低CDSスプレッド20社については、売上高以外の要因で営業利益が上昇していることになるが、この点については、2012年後半以降の円安傾向やコスト削減等によって営業利益を増加させてきた姿が想像される。

以上から、日本企業における信用リスクの改善は、AltmanのZ Scoreモデルの観点から見ると「運転資本」「剰余金(利益剰余金等)」「レバレッジ」といったB/S科目の改善が主に寄与しており、「営業利益」や「売上高」といったP/L項目はあまり寄与していないということになる(そもそも日本企業において「売上高の増加」が、信用リスクの改善に真の意味で寄与するのか、疑わしい側面があると考えている(*10))。また、今後も日本企業の信用リスクの改善が継続していくには、収益性の改善を伴った営業利益や売上高の向上もテーマになっていくべきだと思われる。

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(*10)iTraxx Japanの構成銘柄に限らず、「信用リスクの低い企業ほど売上高が高い」という傾向は標本を増やしても観測されるだけではなく、ここ数年間の日本における倒産企業の特徴である。詳しくは、「過度な利益調整は企業倒産の可能性を高めるかもしれない-ここ10年間の倒産企業に起きている変化(ニッセイ基礎研究所 2015年 http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=42829?site=nli)」等を参照されたい。
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■まとめ

日本企業の信用リスクの状況について、安倍政権誕生後に着目して、CDSスプレッドや社債スプレッド、財務指標(AltmanのZ Scoreモデル)を用いて多面的に比較検証を行った。各信用リスク指標は全般的に改善傾向を示してきたものの、2016年以降は、社債スプレッドが上昇方向に転換しており、財務指標についても一部悪化している状況が垣間見られるため、今後に不安がないとは言い切れない。

また、最も信用リスクに関する情報をすばやく数値に反映するはずのCDSスプレッドが、これらの信用リスク指標が示唆する不安材料を織り込んでないように見える点については注意すべきだろう。

このCDSスプレッドと他の信用リスク指標との乖離した動きの要因として指摘されているのが、CLN等のCDSの売りポジションを内包した金融商品に対する需要の高まりの影響である。CDS市場が売りサイドの需要のインパクトを受ければ受けるほど、CDSスプレッドは縮小していくことになる。

日本銀行より公表されている日本の主要金融機関におけるCLNの購入残高の推移である。当該データから日本におけるCLNに対する投資家需要の全てを確認することは出来ないが、「量的・質的金融緩和政策」(2013年4月)導入後にCLNの購入残高が増加している状況を垣間見ることができる。

CDS市場での取引の大部分を占める10年未満の年限で国債利回りが低位安定することになれば、投資家の利回り追求による需給の偏りから、CDSスプレッドが参照企業の信用リスクの実態と乖離してしまう可能性もありうる。

日本企業の信用リスクについては、各指標において需給や政策の影響が複雑に絡み合っている側面もあるため、多面的な観点で分析を行っていくことが必要になるだろう。

福本勇樹(ふくもと ゆうき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員

最終更新:9/29(木) 16:30

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