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米国、AD措置拡大の動き。日本高炉のベトナム事業や電炉に波及

鉄鋼新聞 9/29(木) 6:00配信

 米国で輸入鋼材に対するアンチダンピング(反不当廉売=AD)措置の対象を広げる動きが浮上している。先週には、冷延や表面処理鋼板で輸入が増えていたベトナム材を「中国からの迂回輸出」として地場ミルが提訴。さらに条鋼類では日本などの異形棒鋼でAD調査が始まった。これまで米国によるADは高炉大手の輸出案件が多かったが、その海外事業や電炉メーカーも対応を迫られている。

 米では昨夏から熱延、冷延、表面処理鋼板の薄板類で相次いでAD調査が始まり、この9月までに米国際貿易委員会(ITC)が「クロ」を最終決定した。主だった輸入相手国にはAD措置が適用され、このうちホットと冷延は日本も対象に含まれている。
 主要国からの輸入材が軒並みAD措置で締め出されたことで、代替の輸入先としてベトナムが台頭。米国鉄鋼協会(AISI)によると、越からの鉄鋼輸入量は7月が6万4千ネットトン、8月には10万7千Nトンと中国やブラジルをも上回った。米の月次輸入で越からが10万トン台に達するのは初と見られる。
 米ミル側は、中国から安価なホットコイルを輸入し、これを原板として冷延や亜鉛めっき鋼板を造った越の薄板リローラーが対米輸出を増やしているのは「迂回輸出」にあたると主張している。米商務省は11月初旬までに、迂回輸出の調査を行うか決定するが、仮に調査の上でこれが認められた場合、ベトナムの対米冷延・表面処理鋼板輸出には中国と同等の高いAD税率や相殺関税(CVD)が賦課される見通しだ。
 越にはローカル系の薄板リローラーが多く、中国製ホットを使ったリロール品が米国へ輸出されているケースがあるのも確か。一方、越薄板メーカーには新日鉄住金と台湾・中国鋼鉄の合弁事業であるCSVCや、韓国・ポスコの冷延事業であるポスコ・ベトナムもあり、これらは中国製を使わず親会社からホットが供給されている。CSVCは商務省に対し、中国からの迂回輸出にあたらないことを訴えていく方針だ。
 今回の調査の帰趨にかかわらず、米側のけん制が鮮明になってきたことで、越からの対米鉄鋼輸出は今後難しくなりそう。越では今月から中国と韓国の表面処理鋼板に対し暫定AD措置が発動しており、輸入材が減る越国内での販売を増やすことで対米輸出を抑制する傾向が強まりそうだ。
日本の異形棒鋼も調査開始
 米国によるAD措置の対象は、これまで鋼板類が多かったが、条鋼類でも輸入材の締め出しが図られつつある。米ミルは業界団体を通じ、日本と台湾、トルコの3カ国・地域から輸入される異形棒鋼(合金鋼を含む)をAD提訴し、ITCによる調査が始まった。
 異形棒鋼は主に電炉メーカーが造る鉄筋用の建材。これまで米国の対日AD案件はホットコイルや冷延といった薄板類で始まり、新日鉄住金やJFEスチールといった高炉大手が主な対象だった。しかし4月からAD調査が始まった厚板は数量的には電炉品も多く、必ずしも高炉品がその「標的」とは限らなくなってきた。
 異形棒鋼をめぐっては、カナダでも日本や台湾、香港、スペイン、ポルトガル、ベラルーシを対象としたAD調査が始まっており、北米全域での通商摩擦となっている。
 日本からの異形棒鋼の輸出量は、普通鋼ベースで2015年は41万9千トン。このうち米国向けが細物を中心に22万5千トン、カナダ向けが2万トンだった。14年の輸出量は19万7千トンで、うち米向けが8万トン、カナダ向けが皆無だったことから、増勢が目立っていた。米向けは16年1~7月累計でも21万トンと、すでに昨年の1年分にほぼ匹敵している。
相次ぐ追加提訴/大統領選も影響か
 ここにきて米国で通商措置が広がりを見せているのは、主に三つの要因が考えられる。まず米国鉄鋼市況のピークアウトだ。
 代表品種の熱延コイルはADによる輸入材の減少効果もあって6~7月にショートトン当たり600ドルを超える高値を付けた。しかし以降は下落へ転じ、夏季休暇明けの9月も軟調に推移している。
 輸入鋼材の減少幅も縮小している。AISIによると、7月の鉄鋼輸入(確報値)は327万Nトンで、前年同月比0・6%減と、既存のADによる締め出し「効果」は一巡しつつあった。
 さらに米国は大統領選挙の最中。今回の越の問題や異形棒鋼ADについて、ITCや商務省が最初の判断を下すのは11月初旬で、奇しくも本選挙投票日である11月8日の直前にあたる。労働者の投票を意識しトランプ、ヒラリー両候補とも輸入品には厳しい主張をしており、米政府から有利な判断を得やすいと見た米ミル側の思惑も透けて見える。

最終更新:9/29(木) 6:00

鉄鋼新聞

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