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江戸時代、三つ子が生まれたら貰えたものとは?

TOKYO FM+ 9/29(木) 11:50配信

少し前から大流行の「おそ松さん」。ご存知、赤塚不二夫の名作マンガ「おそ松くん」が元ネタですが、原作に負けず大ブレイク! この松野家のように、六つ子がいる家庭はなかなかめずらしいですが、双子は良く見かけますね。では、三つ子は? 今回は、江戸時代に三つ子が生まれたら、のお話です。

出産は女性にとって命がけの行為。
一人であっても産むのは大変なのに、それが双子や三つ子であれば、なおのことです。
江戸時代は今のように医療が発達していないので、帝王切開などはなく母体への負担も大きいものでした。

ところで、江戸時代の最も有名な三つ子をご存知でしょうか。
歌舞伎三大狂言の一つ「菅原伝授手習鑑」に登場する、梅王丸・松王丸・桜丸です。
物語に三つ子が登場したのは、実際この時期に大阪で男の三つ子が生まれ、役所から褒美をもらったことから取り入れられた趣向。
そう、双子はよく見かけても、やはり三つ子はとてもめずらしかったのです。

実は三つ子が生まれて褒美がもらえたのは、この家だけではありません。
五代目将軍・徳川綱吉の時代から、三つ子が生まれると幕府から褒美をもらっていたことが文献に残っているのです。

元禄16年、現在の東京・虎ノ門に住む夫婦の間で、男子の三つ子「三助」「伴助」「惣助」が生まれ、幕府はさっそく、めでたいことだと鳥目(ちょうもく)50貫文をプレゼント。
現在のお金に換算すると、およそ180万くらいだそう。なかなかのご褒美です。

その後も、江戸では三つ子が生まれるたびにお祝い金が渡されることとなりました。
瓦版(かわらばん)にも載り、「この父母は人徳があったので、このような目出度い(めでたい)ことが起こり、家内繁昌につながった」と書かれています。
やはり、とてもめでたく、縁起の良いことだったのですね。

三人の赤ちゃんを産むことはとても大変ですが、きっと喜びも三倍。
町中が笑顔になって浮かれ喜ぶ江戸っ子たちを想像すると、なんだか楽しくなってきますね。

(TOKYO FMの番組「シンクロのシティ」2016年9月28日放送より)

文/岡本清香

最終更新:9/29(木) 11:50

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