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【漢字トリビア】「都」の成り立ち物語

TOKYO FM+ 9/30(金) 12:00配信

「漢字」、一文字一文字には、先人たちのどんな想いが込められているのか。時空を超えて、その成り立ちを探るTOKYO FMの「感じて、漢字の世界」。今回の漢字は「都」、東京都の「都」。十月一日は東京都が制定した「都民の日」。いつになく都政に注目が集まる今、ひもといてみたい漢字です。今回は「都」に込められた物語を紹介します。

「都」という字は「者」という字におおざと(邑)を書きます。
白川文字学でおなじみの白川静博士によれば、「者」の上半分、「土」にカタカナの「ノ」を添えた部分は、交叉させた木の枝の様子を表しているといいます。
その下に書くのは「言う」という意味で使う「曰く(いわく)」。
これは、神への祈りの文である祝詞が入った器の様子を描いたもの。
古い字体ではこの「曰く」という字の右上に点がうってあり、器の上に土がかけてあることを示していたといいます。
そこへ、人が集まる「むら」や「さと」であることを意味する部首、おおざと(邑)を添えて出来たのが「都」という字。
つまり「都」とは、邪悪な霊を祓う祝詞を入れた器を集落のまわりに並べ、その上に木の枝を重ねて土を盛り、「土居」と呼ばれる垣根を作った様子を表しているのです。

日本では、縄文の時代にむらの周囲に堀を作った環濠集落が存在しました。
やがて、稲作文化の浸透により食糧の備蓄ができるようになると、それらを守るためにしっかりとした土塁や柵を設けるようになります。
さらに、平城京や平安京を守るために、石や煉瓦を使った強固な壁が作られ、戦国時代には城下町を囲んだ城郭都市が誕生します。
やがて四百年余り前、徳川家康によって江戸城が築かれ、当代一の都・東京の礎になってゆくのです。

ではここで、もう一度「都」という字を感じてみてください。

徳川家康は、治水や埋め立て事業を進めるその一方で、都の発展に不可欠な、心のよりどころとなる江戸の名所を作り上げます。
それは、全長五十メートル、幅八メートルの巨大な日本橋。
当時、日本橋の上からは、日本の象徴でもある霊験あらたかな富士山と、繁栄を約束する権威の象徴江戸城を、ふたつ同時に眺めることができたといいます。
ほかの都にはかなわぬ一大ランドマークで、家康は人心を掌握したのでした。
あれから四百年のときを経た首都・東京は、家康が都市計画を進めていた頃にも勝る大転換期を迎えています。
魅力あふれる都市を作りあげるのは、インフラを整える政治家だけの仕事ではありません。
かつての江戸っ子は、おせっかいの世話好きで、隣近所に声をかけ、困っている人が居れば損得勘定抜きにして手をさしのべたといいます。
東京に限ったことではなく、我が町をよりよくしたいと願うなら、まずは、そこに住むひとりひとりが意識を変えること。
「住めば都」と言えるかどうかは、自分の生き方次第です。

漢字は、三千年以上前の人々からのメッセージ。
その想いを受けとって、感じてみたら……、
ほら、今日一日が違って見えるはず。


*参考文献
『常用字解 第二版』(白川静/著 平凡社)
『江戸の暮らしが見えてくる 地図で読み解く江戸・東京』(江戸風土研究会/編・著 津川康雄/監修 技術評論社)
『江戸から東京へ 大都市TOKYOはいかにしてつくられたか?』(津川康雄/監修 実業之日本社 じっぴコンパクト新書)

(TOKYO FMの番組「感じて、漢字の世界」2016年9月24日放送より)

最終更新:9/30(金) 12:00

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