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作詞家の売野雅勇「シンボルになる曲が今はない」、荻野目洋子と当時を回顧

MusicVoice 9/30(金) 15:52配信

 作詞家の売野雅勇と歌手の荻野目洋子が29日、都内で、売野氏の自伝『砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々』発売記念トーク&サイン会をおこなった。イベントに先駆けて開かれた、記者向け取材会にも両名が出席。著書や当時の思い出について語り合った。その中で売野は、現在の音楽業界について「当時はシンボルになる曲が沢山あったけど、そういう歌が聴こえて来ないのが今の状況」とコメントした。

【写真】トークイベントのもよう

 売野といえば、中森明菜「少女A」、チェッカーズ「涙のリクエスト」、ラッツ&スター「め組のひと」など、80年代の歌謡曲における名作を多数手がけた作詞家である。この自伝『砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々』は売野による80年代東京の回想録。阿久悠、鮎川誠、市川右近、大滝詠一、川上弘美、坂本龍一、細野晴臣、中村中、三宅一生など、音楽の範疇に当てはまらない、幅広い人物が登場する内容となっている。

 取材会は、売野と荻野目が並んで座りながら、著書について話すという形でおこなわれた。売野は今年、作詞家生活35年。8月25日には中野サンプラザで、それを記念した『Fujiyama Paradise Tour「天国より野蛮」』をおこなったばかり。これについて売野は「しばらく冬眠状態みたいなものだったんです。元々が怠惰な人間で自分からは働きかけなくて。何をしようっていうのが全然なかったんですけど、皆さんに協力して戴いて35年のコンサートを開けることになりました。それが書くという事にもなり、この本もできました。非常に充実しています」とした。

 荻野目との出会いは、彼女の事務所社長との縁がきっかけだという。「何か一緒に出来たらいいね」と売野と話したのを覚えていた社長が、荻野目の「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」がヒットしたのを機に作詞のオファーを依頼した事が、荻野目との出会いだったそう。この楽曲が「フラミンゴ in パラダイス」、そして後の「六本木純情派」へと繋がっていった。

 このエピソードを最近知ったという荻野目は「先日コンサートのリハーサルで聞かされたので、凄くびっくりしました。私は作詞家、売野雅勇さんとして最初に知りましたので。今回『砂の果実』を読ませて頂いて、初めて人となりや人生がわかりました。初めてお会いした時は『どんな歌詞を書いてもらえるのだろう』というワクワクしましたね」と回想した。

 売野は「六本木純情派」の制作に話が及ぶと「最初は『ダンシング・ヒーロー』の第2弾をやろうとしていたんです。それで『六本木純情派』というのを聞かされて。それが8ビートのマイナーのロックだったんですね。それが凄く得意だったんですよ。本当に自信があった。ディレクターたちの前で、凄い曲にしますって言っちゃった(笑)」と明かした。

 また、荻野目もこの楽曲について「最初からインパクトを感じました。曲を歌ってみるとノリがいいんですよ。売野さんの紡ぎ出す言葉がメロディに乗るとどんどんノリが出てきて、それを失わない様に歌いたいなと思いました」と当時の感想を話した。

 売野はこれまでに1500もの作詞をしてきたという。「覚えてないですけど、最初の2年半で800曲書いちゃったのね。だから初めは忙しくて、その後は暇でしょうがないって時期もあった。しかも最初の1年は会社にも務めていたからね」と会場を驚かせていた。

 80年代の話になると、売野は荻野目と「最高に面白かった」と頷きあいながら「自分で(自伝を)書いてて、こんなに面白い時代だったんだって思った。ちょうど良い時代にいい仕事ができて、楽しい時代を過ごしたっていう気持ちが入っています」と著書についてもコメント。

 売野は現在の音楽業界について「80年代はシンボルになる歌が、僕の曲以外にも沢山あった。そういう歌が聴こえて来ないっていうのが今の状況。幸福とか不幸っていうわけじゃなくて、そういう時代になったんだなという感じ」。

 音楽については「メロディというのは全てエモーションで出来てますから、その感情が本物であるということが大事。あとは刺さるってことと真心が籠っているという事。そういう所まで作詞家は聴くんですよ。100回くらい聴きます」とそれぞれ話した。

 また、名プロデューサーであり、名作詞家でもある秋元康については、「スポーツジムも昔一緒でよく会いました。彼は天才的なプロデューサーじゃないですか」と評していた。(取材・小池直也)

最終更新:9/30(金) 15:52

MusicVoice