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完全燃焼で引退の三浦 25年現役支えた陰の努力を遠藤氏が語る

東スポWeb 10/1(土) 6:31配信

 DeNAの“ハマの番長”三浦大輔投手(42)が29日のヤクルト戦(横浜)で引退試合に臨み、7回途中119球12安打10失点でマウンドを降りた。24年連続勝利は達成できなかったが、最後に雄平を空振り三振に仕留めるなど計8奪三振。2回の第1打席では中前打を放つなど“らしさ”を存分に発揮した。1992年の自身の引退試合でプロデビューした三浦へ、横浜OBで本紙評論家の遠藤一彦氏が万感の思いを語った。

 これだけ打たれて、これだけ失点した投手が涙と万雷の拍手でファンに迎えられたことが過去にあっただろうか。7回先頭の雄平を137キロ直球で空振り三振に打ち取ったところでお役御免。三浦は帽子を脱いで満員のスタンドに頭を下げ、全員で「18」を背負ってくれた選手とハグや握手を交わし、25年の現役生活にピリオドを打った。6回1/3で119球、12安打10失点ながら8奪三振。24年連続勝利は逃したものの、完全燃焼だった。

 ベンチに戻ったハマの番長はタオルで汗と涙をぬぐった。「25年間、ご声援どうもありがとうございました。7回表のマウンドに立たせていただき、本当に感謝しています。期待に応えることができず申し訳ありませんでした。ファンの皆さんには大きな声援を送っていただき本当にありがたかったです」。感無量だった。

 1991年のドラフト6位で奈良・高田商から入団。デビューは92年10月7日の巨人戦で、元エース遠藤一彦氏の引退試合だった。“大物”としてプロ入りしたわけではないが、遠藤氏によれば「新人で入った時からキレのいいボールを投げていて光るものがあった」。

 現役生活は順風満帆だったわけではない。遠藤氏が二軍投手コーチを務めていた99年、当時の権藤監督から「大輔にはハードな練習はさせないように」と特別に言われたという。そのころの三浦は詳しい原因の分からない肝機能障害に悩まされており、94、96、98年と隔年でチームを離脱。入院を繰り返すなど、とにかく疲労をためることはご法度だった。

 それでも遠藤氏は「『キャンプをしっかり乗り切らないとシーズンでは投げられない』と大輔にアドバイスしたのを覚えている。だんだんと厳しい練習をこなせるようになり成績も向上した。当時の選手の中でも大輔は珍しくお酒も飲まないし、地方で出歩くこともなかった。アスリートとしての自覚があった」。地道な努力で体質を改善していくことで、徐々に不安を払拭していった。それにしても一時は“虚弱体質”とも言われた投手が、25年もの現役生活を送れた裏には、どれほどの努力があったのだろうか。

 横浜一筋で172勝。お世話になった遠藤氏には登板前に「魂を込めて勝ちます」と短いメールを送った。ハマの番長はファンはもちろん、周囲への気遣いも一流だった。

最終更新:10/1(土) 10:11

東スポWeb

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